2017年の手紙
- 2017年12月15日
12月15日・金曜日。曇り。いよいよ押しつまる。今年の漢字は「北」であったが、私には「乱」が相応しい。さて、諸氏は…? 言語とは、われわれ人間にとって何であろうとお考えか?ふつうそれは、「コミュニケーション」のための一手段、だが最も重大な手…(続きを表示)
- 2017年12月8日
12月8日・金曜日。曇り。過日、ラグビー早明戦を秩父宮にて観戦す。昨年の雪辱を果たす快勝であった。かつて、明大ラグビー部の部長を三年間務めた身としては、久しぶりの快哉を叫ぶ。絵画館前の銀杏の黄葉、盛りを過ぎるも見事であった。 本書の冒頭は実…(続きを表示)
- 2017年12月1日
師走・朔日・金曜日。曇り。早いものだ。これ以外の言葉は思いつかない。 ノッケから恐縮ながら、次の文章をお読み頂こう。「最近ではコミンズとゲントナー、そしてエンゲッサー他が、この学習能力は単なる順序付け以上のものであることを示唆している。コミ…(続きを表示)
- 2017年11月13,24日
11月13日・月曜日。晴れ。風穏やか(例の通り、前回の文章やや手を入れた)。 11月24日・金曜日。晴れ。先週末、大学の仕事で沖縄に行く。1泊2日の旅であった。若者の多くは半そでの軽装であり、夜半、帰京すれば、寒波。列島の長大さを改めて知る…(続きを表示)
- 2017年11月7日
11月7日・火曜日。本日立冬。鶴巻南公園のユリノキの大樹、見事に黄葉す。 カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞に触発されて、この半月ほどをかけ、遅まきながら五点の作品を読んだ(全冊ハヤカワ文庫版による)。前から氏の令名と主題には惹かれるもの…(続きを表示)
- 2017年10月31日
10月31日・火曜日。曇り。明治大学付属中野学園理事会の帰途、早稲田の事務所による。前回の文章に手を入れ、特に最終段落では五行ほど加筆する。 現在、筆者は来年1月より「社会のたたみ方」と題する駄文を草したいと考えている。もはや齢でもあり、オ…(続きを表示)
- 2017年10月16,24日
10月16日・月曜日。雨。本日、12月の気温と言う。 10月24日・火曜日。曇り。少々、体調を崩し、若くはないと、改めて実感する。 以上を纏めれば、こんな事になろうか。下山の轢断死は、まず以て儲け話を潰された集団の恨みと復讐心に発したもので…(続きを表示)
- 2017年10月10日
10月10日・火曜日。快晴。と言って、小生、相も変らぬ不精な生活ゆえ、陽は早や西に傾きその恩恵を知らず(前回の文章、やや加筆)。 勿論、彼の自白はどこにも残されてはおらず、真相は知るべくもない。だが、著者は丹念な取材と状況証拠を積み上げ、驚…(続きを表示)
- 2017年10月5日
10月5日・木曜日。快晴。一見平穏な日常だが、これを覆う核の恐怖と政治の混乱は限りなし。気づけば、のっぴきならない泥沼に引きずり込まれてはいないか。このところ、ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』の情景がしきりに横切る。 この文章にはさらに先…(続きを表示)
- 2017年9月29日
9月29日・金曜日。快晴。前回の文章、多少手直しする(なお、そうした手入れは毎回のことであると、一言しておく)。 先ず、下山貞則の轢断死体は自殺であったのか、他殺であったのか。総裁を良く知る周辺の人たちは、当初から他殺を疑っていた。残された…(続きを表示)
- 2017年9月22日
9月22日・金曜日。小雨。晩夏、初秋の実感の無いまま、早や秋深し。 人の死の背後には様々な原因・理由があり、それらが特定されない不審死の場合、社会的に多少の耳目を引くものである。それが現下の重要人物となれば、のっぴきならない大きな社会問題に…(続きを表示)
- 2017年9月11日
9月11日・月曜日。強い日差しなるも、吹く風は秋。 帝銀事件の翌年、すなわち昭和24年7月5日、国鉄総裁下山定則が国鉄本社に近い日本橋三越本店から忽然と姿を消し、翌日の未明、常磐線の北千住と綾瀬の中間辺りで轢断死体となって発見された。世に言…(続きを表示)
- 2017年9月5日
9月5日・火曜日。薄曇り。秋晴れとは程遠い陽気が続く。 帝銀事件については、関係図書を読むにつれ、その闇の深さと誰でもこうした罠に落とし込まれるのではないかとの恐怖を覚える。警察、検察、裁判所は一体となり、拷問まがいの取り調べから調書の改竄…(続きを表示)
- 2017年9月1日
9月1日・金曜日。曇り。10月頃の陽気とか。 裁判長の尋問に答えて、判証人は、こう証言する。昭和23年9月、彼は藤田刑事部長私宅で持たれた毒物捜査会議に招かれ種々意見を求められたが、特に「死因判定の問題で私の推論的結論が受け入れられ承認され…(続きを表示)
- 2017年8月28日
8月28日・月曜日。晴れ。時に涼風そよぐ(前回の文章、若干だが、決定的な訂正あり)。 平沢関係の本を読んでいくと(と言って、ほんの数冊だが)、妙な気持に捉われる。彼の逮捕から日本堂事件の発覚に至るまでは、何か悪い夢を見ているうちに、犯人に仕…(続きを表示)
- 2017年8月25日
8月25日・金曜日。相変わらずの蒸し暑さなるも、鶴巻公園のプラタナス、唐楓の葉僅かに色づく。秋近し(前回の文章、やや手直しする)。 平沢には魔が取り憑いたのであろうか。三菱銀行でのほんの一瞬の出来心が、その後の命運を決した。名刺の件も、考え…(続きを表示)
- 2017年8月18,21日
8月18日・金曜日。曇り、蒸し暑し。過日、NHKの「731部隊」特番の再放送を教えられ、録画によってこれを観た。やはり映像の力は違う。よくぞ製作し、放映したものだ。これが我が第一印象であったが、番組関係者の今後を思わざるを得ない。時代はそれ…(続きを表示)
- 2017年8月14日
8月14日・月曜日。雨。早や夏の終わりを感ずる(前回の文章大幅に手直しした)。 この話はこれで終わりにはならない。帝銀事件をご存じであろう。昭和23(1948)年1月26日、帝国銀行椎名町支店で起こった青酸化合物による強盗殺人事件である。子…(続きを表示)
- 2017年8月8,10日
8月8日・火曜日。蒸し暑く、不快極まりなし。連日の記録的な豪雨はもはや日常なのか?破壊軍団・台風五号、なお東北地方を狙う。 8月10日・木曜日。台風後、涼しいような、暑いような名状しがたい日和なり。 私がこんな危惧を持つのも、もう20年ほど…(続きを表示)
- 2017年8月2日
8月2日・水曜日。薄曇り。久かたぶりの涼しさ。 だが、私はウィルバーの先の言葉に奇異な感を持たざるを得ない。実際、日本軍は当初、人畜を攻撃する細菌爆弾や枯葉剤の搭載を考えたが、そのいずれについても米軍の破壊力は圧倒的であり、計画通りの作戦を…(続きを表示)
- 2017年7月24日
7月24日・月曜日。薄曇り。ただし、鍋底で蒸し煮にされているような暑さなり。 それにしても、七三一部隊は何故あれほどの惨い実験をやってのけられたのであろう。彼らのほとんどは軍医か東大、京都をはじめとするトップクラスの医学部出身の医者であり、…(続きを表示)
- 2017年7月12,18日
7月12日・水曜日。炎暑極まりなし。 7月18日・月曜日。本日、晴れのような、曇りのような、そして、ゲリラ雨。 だが、先の医師の言葉には考えさせられる。目的のためには手段は択ばぬ。目的による手段の浄化、という考え方である。これは私には、今な…(続きを表示)
- 2017年7月3日
7月3日・月曜日。早くも猛暑。日盛りを歩くと朦朧とセリ。 これほどの人体実験を平然と大規模かつ組織的に行うというのは、軍関係の組織以外には考えられない。ならばヒットラーかスターリンか。彼らの暴虐も人後に落ちないが、ここでは違う。わが誉れ高き…(続きを表示)
- 2017年6月26日
6月26日・月曜日。曇り。九州地方、打ち続く豪雨禍にあり、関東は相変わらずの空梅雨。 かなり衝撃的な文章をお読み頂こう。凍傷の人体実験の様子である。 「実験は通常、夜間マイナス数十度の屋外で、裸の腕をマイナス数度の溶液の中に肘まで漬けさせる…(続きを表示)
- 2017年6月19日
6月19日・月曜日。快晴。暑し。 では今後は、ある人について「警察が脅威になりうると判断」するのは、いつ、どの様な状況においてであろうか。これまでは、ある人が違法行為を為したその時点で、彼は犯罪者として捜査の対象者となった。とすれば、「脅威…(続きを表示)
- 2017年6月16日
6月16日・金曜日。晴れ。今年はカラ梅雨か、との予報あり。猛暑の中、渇水の不安が横切る。 昨日(6/15・木)は、日本の将来にとって、一つの大きな節目の日となった。「共謀罪」法成立の日として、人びとの心に深く刻まれるであろう。時代の潮目が変…(続きを表示)
- 2017年6月8,12日
6月8日・木曜日。梅雨入り。曇りのち晴れ。 6月12日・月曜日。梅雨の幕間か、晴れ。本日は、前回の文章の手入れとする。 ソルジェニーチン 『収容所群島 1918-1956 文学的考察』(木村 浩訳・全6冊 新潮文庫)1/1~2/17 網野善…(続きを表示)
- 2017年5月29日
5月29日・月曜日。快晴、初夏の日差し(前回の文章やや手直し)。 今年も今日で五か月を終える。そこで、我が恥を晒すようで躊躇いもあるが、今後の話の都合も有って、この五か月間に読んだ書籍一覧を掲げてみよう。その際、大著、小著、難易度に関わらず…(続きを表示)
- 2017年5月17,24日
5月17日・水曜日。曇り。今月末をもって、大学監事としての職務、ようやく一年となる。長かったような、短いような。これがあと三年続く。 5月24日・水曜日。曇り。少々、蒸す。このところ前年度の監査及び新年度の予算編成等に関わり、監事の業務も中…(続きを表示)
- 2017年5月2日
5月2日・火曜日。五月晴れ。先週、萌黄色の欅は早や深緑に。 すでに言ったことかもしれないが、私はそれほど健康ではない。たしか『火宅の人』の中で、檀 一雄が自分を健康過剰と言っていたのを読んで、そんな言葉があるのかと訝りながら、同時に羨ましい…(続きを表示)
- 2017年4月21,24日
4月21日・金曜日。薄曇り。蒸す。はや初夏の兆し。 4月24日・月曜日。快晴。風さわやか。鶴巻公園の大樹・欅、楠、ユリノキ、プラタナス、銀杏の新緑例えようも無し。本日は前回の文章の訂正・補充のみ。 この度初めて、主宰と親しくお話できる時間を…(続きを表示)
- 2017年4月14日
4月14日・金曜日。快晴。桜散る。入学式後の2日間、寝込む。疲労性腰痛(?)のため。 躍る墨線が相互に重なり、一つの形象を成し、それらが縦、あるいは横に配された身の丈ほどの紙面に向き合うこと数分か。突然、意味を成し、文章となり、映像となって…(続きを表示)
- 2017年4月7日
4月7日・金曜日。雨のち晴れ。本日、武道館にて大学の入学式(午前・午後に分けた二部制をとるも、いずれも満員。)。千鳥ヶ淵の桜、満開。堀の斜面を滑り落ちる櫻華の重なり見事であった。明日より、大学の業務平常に復す。 丸まる二か月に及んだ『収容所…(続きを表示)
- 2017年3月22日
3月22日・水曜日。晴天。昨日、靖国神社にて、気象庁職員による開花宣言あり。 前回、「まだ、言うべきことは尽きないが」とモッタイを付けながら、ソルジェニーツィン考を終了しようと思ったが(実はこの主題に飽きてきたせいもあった)、行方知れずの一…(続きを表示)
- 2017年3月14日
3月14日・火曜日。雨、時々曇り。忙中閑の中、ようやく早稲田に出向く。 いずれにせよ、国家統治とは本来的に、酷薄にして峻烈なものである。それは洋の東西、時代を問わず、免れえない事実である。であれば、当時のソヴィエト政権の群島政策それ自体が異…(続きを表示)
- 2017年3月7日
3月7日・火曜日。曇り時に雨。この所、卒業式(付属3校の中学・高校及び大学)他種々の式典、来年度の大学予算、これに関わる会議等への出席により多忙を極む。過日は久方ぶりに、早朝(?)の通勤ラッシュを味わう。ただ、2,30年前に比すればそのムゴ…(続きを表示)
- 2017年2月23日
2月23日・木曜日。雨のち曇り。風緩むも夜半より寒波襲来との予想在り。 スターリンの収容所群島建設の意図は前記のとおり、先ずは彼の反対・対抗勢力の殲滅であった、と言えよう。そんな大それた意思は全くなく、ただ革命後の祖国の建設に献身したいと願…(続きを表示)
- 2017年2月17日
2017年2月17日・金曜日・快晴。二十四節気の雨水に当たり、気温20℃を超える。 以下では、収容所群島の誕生から成長・拡散、内部機構と管理・統制の在り方、囚人たちの雑多な階層、彼らの懲罰的な労働の質と量および栄養・衛生等について触れ、それ…(続きを表示)
- 2017年2月7,9,14日
2月7日・火曜日。快晴、しかし寒風強し。2月9日・木曜日。雪舞う。 2月14日・火曜日。晴れ。寒気やや緩む。本日、バレンタインデー。ただし、チョコレートは今のところ義理も無し。 今となっては古い話(?)になるが、今年の元旦、年頭の読書はソル…(続きを表示)
- 2017年1月27,30日
1月27日・金曜日。快晴。寒気やや緩む。1月30日・月曜日。快晴。明後日より如月。 それにしても、と私は思う。著者は何故に、これほどの執着をもって、そこに在る美を求めて遍歴するのであろうか。美は確かにどこにでも在り、それと意識さえすれば容易…(続きを表示)
- 2017年1月23日
1月23日・月曜日。快晴。風邪のため二日間を臥し、それだけのことで足腰の難儀を覚える。 だが、私は思う。著者は「視る人」である以上に、むしろ「聴く人」ではないのか。そこにこそ、著者の真骨頂はあるのでは無いか。これはしかし、音楽的な世界の美を…(続きを表示)
- 2017年1月16日
1月16日・月曜日。快晴なるも寒し。本日、日本将棋連盟より五段位の免状を授与される。谷川会長が直々に手渡ししてくださった。我が実力、段位に及ばぬ事遥かなり。 新年を寿ぎ、それに相応しく少々高雅な題材と話しを、と妙に背伸びしたのがまずかった。…(続きを表示)
- 2017年1月13日
1月13日・金曜日。快晴なるも、近日中に大寒波襲来の予報あり。 ここで私が「詩論」を論じ、それとの比較で散文詩なるものの何たるかを論じられれば上等だが、ソンナ教養は微塵もない。それゆえここでは「散文」を「詩」との比較で定義した一文を挙げてご…(続きを表示)
- 2017年1月10日
2017年1月10日・火曜日。晴天。 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。頂戴した賀状にはこのブログを面白く読んでいるとの感想記が、非常に多く、と言うわけでは無いが(ホントは4、5通、或いはこれも針小棒大か?)寄…(続きを表示)