2016年の手紙
- 2016年12月21日
12月21日・水曜日。晴れ。いまだ賀状の準備無し。今日にも文案をと、少々心急く。また、昨日、ドイツのファラー家よりクリスマスカード来るも、当方はこの4、5年プレゼントのみにて返信せず。ただ、ドイツ語の手紙が面倒の故。文面には「昨年も、お前た…(続きを表示)
- 2016年12年12日
12月12日・月曜日。晴れ。本日、母の命日。一年前のことである。この二三日の快晴により、わが家のソーラーパネルの稼働力高し。 これまでご大層な議論を重ねてきたが、それは何のためであったか。読者はもうお忘れであろう。ズーターの話を。彼がナゼあ…(続きを表示)
- 2016年12年5日
12月5日・月曜日。晴れのち曇り。気づけば師走。明日、寒波襲来との由。 本日は老眼鏡を忘れ、前回の文章を読むも、磨りガラスの向こうを見るようで、ボーっとかすんであまり良く理解できない(自分の文章が分からないというのもヘンな話だ)。加えて、先…(続きを表示)
- 2016年11年24日
11月24日・木曜日。雪のち霙。この初雪は記録的な早さとか? ヴェーバーはこの伝統的支配とカリスマ的支配の人々の行動の違いを、昔から「---と言われている」に対して、「私は---と言う」というイエスの言葉を巧みに引きながら、鮮やかに示した。…(続きを表示)
- 2016年11年14日
11月14日・月曜日。曇り。本日、鳥取市から帰来し、早稲田に。 2の伝統的支配とは、古来から引き続き存在するもの、事柄を大事にしたいとの思い、そうした尊崇の心、信念、心情に基づいて成立する支配関係である。例えば支配者の家系が古えに繋がり、そ…(続きを表示)
- 2016年11年4日
11月4日・金曜日。快晴。 こんな風に、ホッブスを解釈し、ヴェーバーと結びつけることが出来るのか、またこれを保障する先行研究、論文のありやナシやについては、私は何も知らない。こんな無責任が許されるのも、「手紙」ゆえの気軽さである。だから、以…(続きを表示)
- 2016年11年2日
11月2日・水曜日。曇天。晩秋から初冬の感あり。ほんの二月前のあの灼熱は何処に。 ここでホッブス理論の難点を論ずるつもりはないが(と言ったって、そんな素養はまるで無いのダ)、以下との関係で一点だけ上げておきたい。彼によれば、社会成立以前、す…(続きを表示)
- 2016年10年28日
10月28日・金曜日。雨。 他者を自分の意志のもとに置く、すなわち「支配」するとは、どんな人間関係を言うのであろう。こんな難しい問題に私が答えられるわけもないが、ほんの参考までに言ってみよう。一つは愛(アガペー)であり、いま一つは暴力である…(続きを表示)
- 2016年10年24日
10月24日・月曜日。久方ぶりの快晴。 前回の話に一二付言したい事を思い出した。それは、私の勝手な推論であり、ツヴァイクがそう書いている訳ではないが、そう考えればやはり怖い話と思うからだ。 さて、今やズーターの部下達の誰もが自分の仕事、義務…(続きを表示)
- 2016年10月17日
10月17日・月曜日。雨のち曇り。鶴巻公園の高木数種わずかに色づく。 ツヴァイクに「怖いといえばこわい小説」がある、と始めたこの話の怖さは、前回末尾で少々触れた。だが、ここに潜む怖さはそれで尽くされてはいない。その第一は、先にも言ったが、た…(続きを表示)
- 2016年10月11日
10月11日・火曜日。相変わらずの曇天。 領地の蹂躙と簒奪はかくのごとし。だがそれで終わったのではなかった。いや、徹底的な略奪の序章でしかなかった。その後の4年の間に、ヨーロッパ中から投機家の群れがやってきた。敷設された鉄道は、黄金狂にうな…(続きを表示)
- 2016年10月3日
10月3日・月曜日。小雨。台風接近の予報あり。蒸し暑し。鶴巻公園の欅、椎の巨木、落葉の舞を演ず。 だが、ズーター王国建設の夢は、「1848年1月」、鶴嘴のたった一撃によって瓦解する。前日、領内の一画に製材場の建設を命じておいた大工マーシャル…(続きを表示)
- 2016年9月28日
9月28日・水曜日。曇りのち小雨。この所、秋晴れは絶えて無し。 稀代の伝記作家S・ツヴァイク(1881-1942)に、恐いといえばこわい小説がある。「エルドラード(黄金郷)の発見 J ・A・ズーター、カリフォルニア 1848年1月」(片山敏…(続きを表示)
- 2016年9月23日
9月23日・金曜日。雨。列島は台風、秋雨前線の影響か、打ち続く豪雨に苦しむ。 前週は大学校務他のため、休載とした。その間、『南極越冬隊 タロジロの真実』(小学館文庫、2011)を読んだ。著者は、渡瀬恒彦役のモデル、北村泰一氏(九州大学名誉教…(続きを表示)
- 2016年9月9日
9月9日・金曜日。台風の余波か、蒸し暑し。秋晴れの清涼、未だし。 基地離脱の決定に、誰よりも驚愕したのは、犬係を担当していた2人の隊員である。彼らは地質学、地球物理学の専門家であったが、それとは別に樺太犬の世話もやいていたのである。極寒の地…(続きを表示)
- 2016年9月6日
9月6日・火曜日。残暑居座る。本日、新台風誕生し、近日中に近畿、関東襲来の予報あり。 8月初め頃であったか、『南極物語』をテレビで観た。わが国の第1次南極観測(1956)の際に活躍し、あげく極地に置き去りにされた樺太犬15頭の悲話である。ウ…(続きを表示)
- 2016年8月30日,9月2日
8月30日・火曜日。蒸し暑し。関東地方、朦朧台風の襲来免れるも、東北地方に上陸の予想。彼の地の惨害を思う。(9月2日・金曜日。台風余波、蒸し暑し。前回の予感的中し、言葉も無し)。 もしかしたら、大雑把ながら、国別の総合メダル獲得順位を記憶さ…(続きを表示)
- 2016年8月23日
8月23日・火曜日。台風翌日の蒸し暑さ。不快。 オリンピックが終わった。日本選手の活躍は「想定外」の目覚ましさであり、国民の多くは、彼らのプレイに一喜一憂しながら、勝敗の帰結、メダルの行方を追って、夜を昼に取り違えた二週間を過ごしたことだろ…(続きを表示)
- 2016年8月8日,16日
8月8日・月曜日。熱暑、熱風により極めて不快。台風の余波のため。(8月16日・火曜日。蒸し暑し。台風接近)。 ギリシャ神話(それを基に創作された『ギリシャ悲劇』)の世界では、事象の全ては、まずは神々が生み出し、引き起こしたものとされる。だか…(続きを表示)
- 2016年8月4日
8月4日・木曜日。熱暑。本日、地下鉄(銀座線)内にて、不良外人と日本人のバカ女に対し、「ウルサイ」と一喝。危うく命を落とすところなり?人生、一寸先は闇、つくづく思う。これもまた、こんな題材にいつまでも関わっているためか。 カルヴァン的な予定…(続きを表示)
- 2016年8月1日
8月1日・月曜日、にわか雨。愈々、葉月、蝉頻りなり。 人の生がママならぬは、昔も今も変わらない。善意と能力と努力のすべてを賭けて打ち込もうと、事態の改善どころか、悪化の一途をたどって、ついに奈落に落ち込む話は、個人や組織、あるいは国家も含め…(続きを表示)
- 2016年7月25日
7月25日・月曜日。曇天なるも、蒸し暑し。 前回の話を一言にしてまとめれば、テーベの住民を苦しめる疫病の原因を探り、これを除去する事、それをオディプスは王の務めとして誠実に、妥協の余地なく実行し、ついに完遂した。だが、その事自身が悲劇であっ…(続きを表示)
- 2016年7月20日,22日
7月20日・水曜日。晴れ、暑し。(7月22日・金曜日。雨。なお、本日は前回の補足、修正として。 驟雨さり 杜を揺すぶる 蝉しぐれ) 父ライオスは誕生した我が子を直ちに始末しようと、キタイロンなる山中に遺棄させる(私には、ドコの山かはサッパリ…(続きを表示)
- 2016年7月15日
7月15日・金曜日。二日続きの雨と涼夜を得て、連日の出勤による疲労和らぐ。 マッタク無案内な世界をさ迷って、来週で二月になるらしい。どうせ、宛てのある旅路でもなく、それは構わないのだが、私は何を語りたくてこんな回り道をしているのだろう。初志…(続きを表示)
- 2016年7月4日,8日
7月4日・月曜日。熱帯夜の翌日ゆえ、意識朦朧なり。(7月8日・金曜日。薄曇りだが、蒸し暑し)。 私の生活が少々変わり、この6月より母校の監事として就任し、大学経営の一端、ほんの端くれ、を担うことに相成った。これを我が栄誉と誇るべきか、あるい…(続きを表示)
- 2016年6月23日
6月23日・木曜日。雨のち晴れ。 本日は、前回の文章後段の手直し(?)に大奮闘したため、大分予定がクルッテしまった。あまり知らない事を書くものではない。が、それはいつもの事だ。 さて、続き。これは、アッサリと行きたい。「エディプス・コンプレ…(続きを表示)
- 2016年6月17日
6月17日・金曜日。風生ぬるく、蒸し暑し。不快。 ヒトの精神的構造は、心理学的には(と言うよりも、フロイトによれば)、イド、自我、超自我の三層からなり、この段階を踏んで我々は成長するらしい。そして、さきのリビドーはイドの内に貯蔵される。とな…(続きを表示)
- 2016年6月10日
6月10日・金曜日。早や真夏日。 フロイト(1856-1939)は、神経症治療に打ち込むことから、後に精神分析学を確立するという巨大な業績をのこした。そこに至る歩みを述べることは、我が能力の限界を遥かに越えるが、大雑把に言えばこんな事になろ…(続きを表示)
- 2016年6月2日
6月2日・木曜。水無月に入るも、快晴。尚、本日の手紙は、百通目になる由。何事につけ三日坊主の私としては、祝杯ものの慶事である。 だからと言って、今日の「手紙」が突如高尚になれる訳でもなく、そんな期待をもたれる懸念はまるで無いものの、先ずはご…(続きを表示)
- 2016年5月26日
5月26日・木曜日。暑し。 幾つくらいになると、人は自分の人生の来し方を振り返るようになるのだろうか。一概に言えないことは無論だが、それでも折に触れ、そんな事を以前より深く思う歳というのはあるような気がする。しかもそれは、人生のピークは越え…(続きを表示)
- 2016年5月20日
5月20日・金曜日。うす曇、蒸し暑し。 ブロムクヴィストの安楽死論は以上である(と言って、筆者の勝手な要約にすぎないのだが)。最後に、こうした彼の思考を支える死生観を「生きる権利」と「死ぬ権利」から再考し、もはや長大になった本項のまとめとし…(続きを表示)
- 2016年5月11日
5月11日・水曜日。曇り時に雨。蒸し暑し。 ブロムクヴィストによる「安楽死」とは、もとロジャー・ベーコンに由来する言葉(euthanasia)のようだが、「死の不快を軽減し、患者に安らかな、苦痛の無い、だが自然の死」をえさせる助力を意味し、…(続きを表示)
- 2016年5月6日
5月6日・金曜日。小雨。今週、休日のところ返上。本日の文章は4月15日・金曜日に続く。 ヘデビューとて、そう簡単に「死の幇助」の観念に思い至ったわけではない。まして彼女は死刑廃止論者である。そこには当然語りつくせぬ「生と死」の鬩ぎ合い、葛藤…(続きを表示)
- 2016年4月26日
4月26日・火曜日。晴れ。ゴールデンウィーク目前。 本日、休載。前回の文章、大幅に手直しのため。次週は休日とし、「生と死」についてはゴールデンウィーク明けから継続したい。皆様、良い休暇を。
- 2016年4月22日
4月22日・金曜日、晴れ、やや蒸し暑し。九州一円の地震いまだ収まらず。 本日は急遽予定を変更し、このたびの地震によって浮き上がった原発問題について一言したい。これもまた、私にとって一大重要事だからであるが、同時に読者諸氏のご意見を伺いたいか…(続きを表示)
- 2016年4月15日
4月15日・金曜日、晴天、風強し。 本書は、女性ジャーナリスト、ベリート・ヘデビューが大胆にも敢行した友人ための「自殺幇助」事件の叙述をもって、幕は開く。1978年9月のことである。これ以前、彼女はすでに、末期癌によって死に至るまで責苛まれ…(続きを表示)
- 2016年4月8日
4月8日・金曜日、うす曇り、桜花乱舞。 ここで、本書の全体的な俯瞰、紹介をやらかそうなどという大それた野望は、筆者にはカケラもない。自分の分かりそうな所を都合よく摘まんで、我が気休めになればそれで良いのである。だから、読者はこの一文に接して…(続きを表示)
- 2016年4月1日
4月1日・金曜日。花曇。 ヘデビュー、アスクーウプマルク、ブロムクヴィスト、ヘデニウス、ヴレトマルク、イイェンセン・・・、と連ねられた文を舌も噛まずに読んで、「ウン、あれだ!」と瞬時に判断できる日本人は、何人いるだろうか。これが人名である事…(続きを表示)
- 2016年3月25日
3月25日・金曜日。晴れ。わが寓居際の公園も開花す。東京に遅れること4日。 この次第を理解するには、書展に足を運び、書を直接に鑑賞するに如くはない。こんな駄文によっては到底解き明かし得ないからである。だが、挑戦してみよう。会の扱う文字が甲骨…(続きを表示)
- 2016年3月17日
3月17日・木曜日。快晴。 書とは、大小はともあれ、白紙に一本の墨線を引く事から始まる。そこに臨む書家の心境、決意を忖度することは、やり直しを許さぬ世界だけに、はなはだ興味深いものがある。 ことに大作の場合、筆はもはや腕を離れ、まさに身体と…(続きを表示)
- 2016年3月11日
3月11日・金曜日。雨模様の曇天。 今日は、ラシクナイ話をしよう。いや、小さな声でつぶやこう。周りに聞かれると、嗤われそうだからだ。題して、芸術(?)。これほどわが身にとって縁遠い話題もそうはない。クラッシク音楽の聴力はまるで無く、絵画は対…(続きを表示)
- 2016年3月4日
3月4日・金曜日。晴れ。 今月1日・火曜、最高裁第3小法廷では、一つの画期的な判決が下された。認知症のために鉄道事故を引き起こした患者家族の監督責任をめぐって争われた事案であるが、最高裁は本件についての家族の責任は認められない、としたのであ…(続きを表示)
- 2016年2月26日
2月26日・金曜日。晴れ。 本日のNHK昼のニュースによると、今年度の人口は昨年度に比して11万人減少したとの由である(1億2700万人・減少率0.7パーセント)。これはわが国にとって、国勢調査以来初めてのことであり、遂に我々は人口減少時代…(続きを表示)
- 2016年2月23日
2月23日・火曜日、雨のちうす曇り。風ゆるみ、木の芽膨らむ。 これは友人の安蔵伸治氏(明治大学教授・人口学者)から聞いた話だが、Y市の調査であったか、再就職の必要の無い定年退職者のうちには、公園のベンチで陽のあるうちから缶ビールを空け、日な…(続きを表示)
- 2016年2月12日
2月12日・金曜日。うす曇。 前便のわが主旨は、こんな風に纏められるか。「老人」とは歳(時間)と共に、身内に備わる様々な能力を失いつつある人とみなした。そこには、直ちに社会的な、多様な意味が絡みつく。組織人であれば、その組織の要求を満たし得…(続きを表示)
- 2016年2月5日
2月5日・金曜日。晴れ。昨日、立春。日差しやや強まり、寒さ和らぐ。 本日は、老人問題なるものを、私を材料に考えてみよう。現在、65歳以上の高齢者の占める人口比率はほぼ25、6パーセント、2030年頃には3割に達すると言われ、これ等を受け、今…(続きを表示)
- 2016年1月28日
1月28日・木曜日。晴れ。 記憶だけの話で申し訳ないが(と言って、これまでもズットそうだったのだから、今更体裁をつけるまでも無いのだが)、渡辺京二『逝きし世の面影』の中で、江戸期では子供たちは実に暖かく、愛情深く育てられ、その成長ぶりを大人…(続きを表示)
- 2016年1月21日
1月21日・木曜日。晴れなるも、風強し。 これまで私は将棋の教育力や多様な潜在力がどんなものであるかを示しながら、その魅力を述べてきたつもりである。しかし、これを記しながらハタと気づいたことがある。先の事例は、負け戦にある場面が中心であった…(続きを表示)
- 2016年1月15日
1月15日・金曜日。晴れ。早や一月も半ばとは…。 さて、ヘボながら、私が将棋を指していてツクヅク思い知らされるのは、「マッタ」が許されない、つまり、取り返しができない事である。先を読むとは、無限の闇に向けて一条の光を照らす、そんな行為になぞ…(続きを表示)
- 2016年1月7日
2016年1月7日・木曜日・晴れ後うす曇り。 謹賀新年。本年も宜しくお願い申しあげます。と言って、喪に服する者は、普通、新年の賀詞交換は遠慮するのがこの国の仕来りのような事を、何処かで聞かされた気もする。これは多分、神道由来の慣習であろうが…(続きを表示)