• 7月4日・月曜日。熱帯夜の翌日ゆえ、意識朦朧なり。(7月8日・金曜日。薄曇りだが、蒸し暑し)。

    私の生活が少々変わり、この6月より母校の監事として就任し、大学経営の一端、ほんの端くれ、を担うことに相成った。これを我が栄誉と誇るべきか、あるいは「またゾロ、苦界に身を沈め、自ら好んで苦労をショウのか、懲りないね」と、嗤われるかもしれない。ともあれ、そのため会議、その他一連の行事にも参加することとなり、疲労もあって、前週は休載とさせて頂いた。今後もこれまでのペースを出来るだけ維持していく心算だが、時にこんな事があるやも知れず、その折はそうご理解願いたい。「ドーシタ、病気か」と、ご心配される方もキット多かろうと、勝手に思いつつ、実は一人もいないかも知れぬ、それはナントも情けないと懊悩しながら、先ずは一筆啓上する次第。

    さて、続き。ソフォクレスは『オディプス王』の話を一から全て創作したのではない。一般に、ギリシャ悲劇はすでに人々に馴染みの神話から題材を選び、そこに作者の解釈と演劇的な効果、創意、あるいは時代や政治状況も織り交ぜて作品化されている。だから、同じ題材が作者によって多様な色合いを帯びて舞台に載せられた。観客は、今度はドンナ筋立てにより、いかな苦悩と解決が待っているかと、固唾をのんで見守ったであろう。こうして創作された作品は相当の数に上ったようだが、現在に伝わるのはそれほどでもない。そして、前5世紀頃、アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスらの「三大悲劇詩人」によって、劇としての様式が整えられたと言われる。

    ただ、ここでの『悲劇』とは、我々に馴染みの「受難と闘い苦悩する主人公の悲しい結末で終わる劇」(明鏡国語辞典より)ではなく、神や卓越した人物・英雄の宿命的な運命を扱う厳格な形式とそれゆえの美をそなえる劇という。そうした悲劇を鑑賞することで、観客は自らに鬱屈した心理的、生理的な悩みや負担が解放できる、とはアリストテレスの説であるが、これを彼は「カタルシス」(浄化作用)と呼んだ。その他、劇の構成、舞台、上演方法、役者とコロス(合唱隊)およびその関係、台詞は韻律を持つ詩形からなり、それは主にギリシャ叙事詩に由来するとか色々あるようだが、分からない事も多いらしく、だからそんな詳細を私がここでシッタカブリですら扱える分けもない(今日はこれにて)。

  • 6月23日・木曜日。雨のち晴れ。

    本日は、前回の文章後段の手直し(?)に大奮闘したため、大分予定がクルッテしまった。あまり知らない事を書くものではない。が、それはいつもの事だ。

    さて、続き。これは、アッサリと行きたい。「エディプス・コンプレクス」は男児の成長過程において(女子の場合はエレクトラ・コンプレクスといわれる)、身近にある異性、すなわち母親への性的愛情のゆえに彼女を手に入れようと願うが(イド)、しかしそこにはすでに父親がいる。彼は単なるライバルどころか、最強の権威者である。だから、男児は己が欲求の妨害者である父を憎み、彼を亡き者にしたいとすらおもう。しかし他方で彼は、理想の体現者である父を畏敬する。一歩でも、父に近づきたいとの思いもある(超自我)。しかも、父と母を争う事はペニスの切除・去勢の恐怖に耐えねばならない。こうした葛藤を通して、男児は自己の欲求を断念・抑圧し、性欲の対象を他に求め、長ずるに従い父親を受け容れるというわけである。

    ただし、これ等一切のプロセスは、男児のあずかり知らぬ無意識の世界で進行しているドラマである。だがこの過程がつつがなく処理されなければ、彼のリビドーは変性し、長じて神経症等の精神疾患に見舞われかねない。勿論、全てを性欲に解消して人間行動を説明するフロイトの汎性欲論は、彼以降常に批判されてきたが、今はそれは問わない。

    心理学でいうコンプレクス(Komplex・m)とは、「行動を特徴付ける、強い感情の付着した無意識な観念や思考の複合体」(Duden独独辞典より)とある様に、ヒトをある行動に駆り立てる、様々な情念、思いが絡み合った想念といったところか。そして、「エディプス」とは、すでに、ギリシャ神話にみられ、ソフォクレスが『悲劇』として作品化したことは周知のところだが、彼は知らずに父を殺し、母を妻とし、子をもうけたテーバイの王である。ここに、フロイトがエディプス王の名を冠して幼児期の男児の性と人格形成の関係を理論化した意味も分かろうというものだ。だが、両者の親近性はここまでの話であって、「エディプス・コンプレクス」をもって『オディプス王』の悲劇を分かったと言われては、ソフォクレスならずともこれはマイル(以下、次回)。

  • 6月17日・金曜日。風生ぬるく、蒸し暑し。不快。

    ヒトの精神的構造は、心理学的には(と言うよりも、フロイトによれば)、イド、自我、超自我の三層からなり、この段階を踏んで我々は成長するらしい。そして、さきのリビドーはイドの内に貯蔵される。となれば、イドは生れ落ちたままの生存本能の場ということになり、ここでのヒトの行動は快楽原則に従い、他の動物のそれとあまり違いは無いと言えまいか。この点、我身を省みれば、この歳に至るも誠に恥ずかしい限りの数々ながら、だがそれは此のところの舛添サンの釈明を上げるまでも無く、私だけの事でもあるまい、と言い訳をしておこう。むしろ、この事実を我々は、キチンと見据えなければいけない。ドンナに偉そうなことを言おうと、所詮、我々は生物進化の中で育まれた動物の一員にすぎず、これを離れては生きていけない。であれば、ヒトは万物の霊長などと言わずに、モット謙虚になったらどうだ。他の仲間にとって生活し得ない環境は、我々にとっても同じなのだから。

    ところで、イドは自らの欲求を無限に解放することは出来ない。まずは自身の身体的な能力の限界のほかに、彼の生きる社会の掟、さらには幾多の規範が社会成員の勝手、我が侭を許さないからだ。それら社会規範は超自我として両親、近親者からの躾や懲罰を介して彼に押し付けられ、内面化されようとする。こうして、社会の在るべき人間像・理想像を突きつけられるが、それに対する彼自身の希望、能力、資質の問題もある。ここに彼のイドと超自我との葛藤が生じ、その過程の中で、彼の自我の形成が図られる。となると、自我はイドと超自我との交点、仲介の場と言えないか(さらに、その自我をもとに、彼の理想とする人間像、あるいは望ましい社会建設に向けて自己の成長を目指すとき、ここに自我理想の分化、成長がなされる)。ただし、この自我形成は先の「内面化」の言葉が示すように、それは自覚的、意識的にではなく、むしろ日常的な生活の中で、無意識の内になされると言う。だから、自我は自己意識ではない。ここでの「自我」は、個人の無意識に為される行動・思考・欲求のあり様・その仕組みを理解するための概念としたい(いよいよ分からない話になってきたから、ここで止めよう。と言うより、何かトンデモナイ誤解をしているかも知れないから、読者ヨ、興味があればご自分で勉強されたい)。

    こうした文脈、枠組みの中で、フロイトは「エディプス・コンプレクス」を説いた(ヤレヤレ、ようやく書くべき地点に到着したが、本日は会合のため、これまで)。なお、この段落は23日・木曜日に補足したものであるが、それが良かったかどうかは、私にはワカラナイ。

  • 6月10日・金曜日。早や真夏日。

    フロイト(1856-1939)は、神経症治療に打ち込むことから、後に精神分析学を確立するという巨大な業績をのこした。そこに至る歩みを述べることは、我が能力の限界を遥かに越えるが、大雑把に言えばこんな事になろうか。神経症の治療のためには、発症の機序がまず解明されなければならない。そのために彼が開発した「自由連想法」なる手法からして独特であった。例えば「夢」は、目覚めた直後に被験者からその夢によって触発される印象、気がかり、不安、喜びなど大小に関わらず、その出来る限りを聞き出し、それらの要素の連結を話させる事で、何か巨大で奇怪な夢の諸相が分解され、かくて被験者自身が夢の意味を得心させられるのである。この文章では分かりづらいかもしれないが、思ったほど難しいことで無いから、ご自身でやってみられればよろしい。ともあれ、こうして夢は異界から舞い降りたお告げや占いといった神秘性を剥ぎ取られ、それは彼自身の内部に宿る様々な思いの錯綜の結果であることになった。

    マタモヤ、余計な道に踏み迷ったが、いつもの事で、行き着くところまで行きましょう。彼はこうして人の精神世界、そのうち特に無意識になされる行為や思念のメカニズムに分け入る道を見出し、無意識界の発見者と同時に解明者となったのである(興味があれば、『精神分析学入門』にある「しくじり行為」の説明を読まれたい)。

    ここに、人の行動は必ずしもカントに代表されるように、自らの自由意志に基づく、理性的な判断によって律せられるわけでない事が明示された。そうした事態は既に、ロマン主義、歴史主義といった文学や哲学の世界では周知のことであったが、フロイトは情念や激情に駆られた人の、なんとも了解不能な行動を因果的に解明する道筋を開いたという点にその最大の功績がある、と私は見たい。

    では、彼にとって、人には意識されないが、しかしその人の行動を規定して止まない要因とは何か。それこそlibidoである。これはしばしば性欲動、性衝動と訳されるが、必ずしもそれだけではなく精神的エネルギーをも含む。であればフロイトはこのリビドーを管理、禁欲して、その解放を性的領域から精神世界に転換する事によって、西欧近代科学、文化、芸術、さらには資本主義的な膨大な経済発展が成し遂げられたと言えたのであろう。なお、ヴェーバーは決してフロイトの精神分析学を評価しなかったが(私にはその理由は良く分からない)、この点での彼の主張は否定しなかった。

    さて、私はこれ以上の土壺に陥る前に、足抜けしなければならない。本日の初めに戻って、神経症の発症メカニズムについて、乱暴にも言っておこう。それは、彼によれば、特に女性患者の場合、幼児期か子供時代の躾において、厳格にすぎる扱いを受け、リビドーの解放が妨げられ、あるいはその成長を捻じ曲げられたケースが多い。その結果、精神障害をこうむった。それは、キリスト教的禁欲主義と結びついた女性教育のあり方に一石を投ずる指摘であったろう(こんなことを書く積もりは毛頭なかったのであるが。次回『ギリシャ悲劇』に戻るはず)。

  • 6月2日・木曜。水無月に入るも、快晴。尚、本日の手紙は、百通目になる由。何事につけ三日坊主の私としては、祝杯ものの慶事である。

    だからと言って、今日の「手紙」が突如高尚になれる訳でもなく、そんな期待をもたれる懸念はまるで無いものの、先ずはご承知あれ。

    さて、ギリシャ悲劇だが、私はここでこれを論ずるつもりはない。などと、体裁の良いことを言ってはいけない。そもそも、ソンナ知識は全く無いのだ。この『全集』を買ったのも、40年ほど前に、池袋の、たまたま覗いたどこかの古本屋でのことであったらしい。今回、裏表紙に張られた栞からそれと知った。ただ、これを買い求めた気持ちは、ウッスラと記憶している(読者諸氏よ。寄贈本はともかく、自ら買い求めた本は、いつか読もうという意図があり、時がめぐり、関心が戻れば、やがて読まれることが多い。ユメ、破棄されてはならぬ)。

    その頃か、それ以前かは定かでないが、内田義彦『社会認識の歩み』(岩波新書)を読み、強い感銘を受けた。その詳細はスッカリ忘れてしまったが、ギリシャ哲学からマキアヴェリ、ホッブス、ロック、ルソウ、ヒューム、スミスといった社会思想史上の巨星達の認識の系譜とその歩みが平易に、だが深く語り尽くされていた。その読後感はいまも忘れてはいない。私のこの方面の知識と理解は、本書に拠っているのかもしれないほどである。

    本書の始めの辺りであろう(本来なら、確認すべきだが、ゴメン)、人生観についてのギリシャ的思惟からマキアヴェリにいたる変遷の叙述が、私には鮮烈であった。前者では、人の生は宿命論的に決定されたものであったのが、後者ではそれは人の意思のもとにおかれ、変更され、開拓しうるものとなった。君主とはそのような力を持つ人のことである。それゆえ、人生を宿命から解放し自ら確立しうる人はいまだ特別な力を有する者に限られていたが、ホッブス以降の近代になるにつれ、人間は平等化、均等化され(そこには神の前では人は皆平等であるとする、ルッターの宗教観も決定的な役割をもったのだが)、社会とは、そうした平等で互いに独立した人々の間の契約に基づいて形成されたと解されるにいたる。

    その後のヒューム、スミスの話はここでは措こう。それはそれで、別の物語を語らなければならない。ここでの関心は先のギリシャの人生観である。私は内田先生の叙述に引かれて、それが如何なるものであるかについて、いつかみてみたいという思いがあった。またある時、ニーチェの学問論の中に、ギリシャ人にとって、事象は決定論的に決定済みの事であるために、せめて物語の内に波乱万丈を求めたとの叙述をみた。それが、現代では事象は予測不能と化し、安定と確実性をえるために、学問のうちに法則性を探求するにいたる。ヴェーバーが現代の生を、「倦み疲れることがあっても、飽きる事はない」と言ったのも、この線上でのことであろう。我々と往時のギリシャ人との人生観の懸隔はかくの通りである。

    さて、彼らの思惟が宿命論的であることは、ソフォクレス『オディプス王』を一読するに如くはなかろう。この悲劇はフロイトの「エディプス・コンプレクス」論と結び合わされ、最も人に知られた話である(以下、次回)。