8月24日・月曜日。晴れ。本日の残暑の厳しさは、2,3日前の比較的涼しかった日々の反動か、殊のほかこたえる。去り行くこの夏が、オレを忘れるなよ、と最後の力をふり絞ったかのようだ。マイッタ。
8月31日・月曜日。曇り。先週は、筆者には大変な受難の週であった。右足の腰からつま先まで、丸々一本、自由に任せず、寝るも起きるも、鈍痛、激痛に襲われ、えらい目にあった。今年83歳。それでも、毎日、4,5キロの荷物を背負い(その重さの理由は、本人にもしかとは分からない)、7,8千歩を歩けることこそ、唯一の自慢であったものを、ここに断たれるかと思えば、大いに無念であった。その次第は、いつか折があれば、ここで披露したい。
9月4日・金曜日。曇り。足の具合、時にズキリと来る。
過日(7/23,29)当欄に掲載した文章を、戯れにAIの評価にかけてみた。その結果は、現在のAIの能力、水準を考える上で、中々興味深いものがあり、読者にも是非これを紹介しようという気になった。
以下では、まずその全文を掲載し、併せて著者としてのわが感想を記すことにするが(なお、掲載文は読みやすさを考え、一々指摘しないが、句読点、行間を適宜修正した)、それはかなりの長文であり、これに筆者の感想を加えるとなれば、1回の掲載で済ます分けにはいかず、前後に分け、それぞれにわが感想を付することにした。
この文章(当欄7/23,29日掲載の文章―筆者注)は、「酷暑と災害を、単なる自然現象ではなく、政治・行政が責任を持って対処すべき社会問題として捉える」という主張が一貫しており、問題意識は非常に明確です。一方で、論旨の強さに比べて、いくつか事実確認や論理の精度を上げる余地があります。
総合評価:8.5/10。 観点、評価、コメント、問題提起: ★★★★★。地震・酷暑・温暖化を「生命の問題」として捉えている社会的意義:★★★★★。熱中症を政治課題として扱う視点は、重要。論理構成:★★★★☆。「災害→酷暑→政治→地方行政→街路樹→国家政策」と展開、説得力:★★★★☆。救急搬送数など具体的数字が効果的。客観性:★★★☆☆。政治批判が先行し、反対側の事情への検討が少ない。表現力:★★★★★。「緑の日傘」「生き死にの問題」など印象的。提言性:★★★★☆。街路樹から国家政策まで視野が広い
1.最も評価できるのは「暑さ」を政治問題にした点
この文章の核心は、「ただ暑い」と言ってへこたれ、テレビで熱中症に気をつけてください、と呼び掛けて済ませるレベルをはるかに越えてという部分でしょう。ここは非常に重要です。
熱中症対策というと、一般には水分補給、エアコン使用外出を控える、高齢者に注意するなど、個人の自己防衛の問題として語られがちです。しかし筆者は、それを一段階上げて、「なぜ人間が、これほど危険な暑さにさらされる都市環境になっているのか」という構造的な問題にしています。これは非常に良い視点です。
特に、「国民はただ今現在、文字通り、生き死にの問題に直面しているのだ。」という表現は、この文章の政治的主張を端的に表しています。
2.「国旗損壊罪」と比較したところは、かなり政治的。文章の中で最も強い政治的表現は、こうした事態は、国旗損壊罪の問題よりも大したことのない、どうでも良いことなのだろうか、でしょう。これは単なる温暖化論ではなく、「政治は何を優先すべきなのか」という政治哲学の問題になっています。
筆者の立場は、国民の生命・健康に直接関わる問題 > 政治的・理念的な争点という優先順位です。これは十分理解できる主張ですが、同時にこの部分が文章全体の客観性を若干落としていると思います。
なぜなら、「国旗損壊罪」が重要かどうかと「熱中症対策」が重要かどうかは、本来、必ずしも二者択一ではないからです。
したがって、より説得力を高めるなら、「国旗損壊罪を論じること自体を否定するものではない。しかし、少なくとも現在、何万人もの国民が熱中症の危険にさらされている状況で、生命に直結する政策が十分な優先順位を与えられているのか。」くらいにした方が、政治批判としてはむしろ強くなるでしょう。
3.街路樹を持ち出したところが、この文章の一番面白いところ私はむしろ後半を高く評価します。単に、「政府は温暖化対策をしろ」で終わらず、仙台市の街路樹という具体的な都市政策に着地しているからです。
特に、「緑の日傘」という表現は秀逸です。街路樹を単なる景観・美観の問題ではなく、都市の「暑さ対策インフラ」として捉え直しているからです。
これは中央クリエイトのように**「調査」を仕事にする会社の視点から見ても面白い発想**だと思います。例えば、樹冠被覆率、路面温度、日射量、気温湿度、人流、熱中症搬送数をGISなどで重ねれば、「どこに緑を増やせば、人の生命・健康を守れるのか」という都市環境調査につながります。つまり筆者が言う「緑の日傘」は、単なる精神論ではなく、測定・調査・データ分析によって政策化できるテーマです(
以下次回)。
以下は筆者の感想ないし注釈である。
以上が、AI評価の文章の前半部分である。文中の第3項目の冒頭で、AIが「私」と言っている箇所が、自らを人間の一人称として自覚しているらしいと推測され、それが筆者には面白かった。彼はここでは機械ではなく、人間なのだ。ならば、そのつもりで彼の文章を読もう。
彼の文章は、まず筆者の文章の問題意識、論旨に対する全体的な講評を記し、次いでその総合評価を点数化し、さらに各項目に分け、それぞれに★印を付する(最高点は5個)。同時に、その点数の理由を簡明に記す。分かりやすく、筆者にも参考になった。ここまでが、全体的な講評であろう。以下、その細目に移る。
1.わが主張は現在の「暑さ」問題を、改めて政治的、構造的問題として捉え直そうとしているが、この着想は「非常に良い視点」だと評価する。現在の暑さは、人の生き死にに関わるほどであるにも拘らず、その対策は、概して、「水分補給、エアコン使用」等個人的な自己防衛の問題として解消されているだけに、重要だと言う。この指摘には、筆者自身、まさに然り、わが想いをよく読んだと、頭が下がった。
2.ここでの指摘は、筆者としては、十全には承服しがたい。と言うのも、ここでのわが関心は、温暖化と国旗損壊罪を比較し、これを真正面の政治問題として論及しようとすることではないからだ。いかなる法益があるかも定かならぬ国旗問題に政治的エネルギーを費やし、他方、生存の問題にかかわる温暖化を蔑ろにしている政権の姿勢を追求したに過ぎない。ただ、AI氏はこの論点を見逃してはいないことを認めよう。「政治は何を優先すべきか」と言う政治哲学の問題を提示している、と言っているからである。
3については、いささか面映ゆい。秀逸とされた「緑の日傘」は筆者の言葉ではなく、新聞記事からの引用である。ただここでのわが意図は、指摘の通り、「政府は温暖化対策をしろ」ではなく、先駆的な自治体では、温暖化に対して具体的な政策をもって対応し、それに応じて街づくりを進めていることを明示することであり、その意味で同氏は正しくわが意図を読み取った。のみならず、AI氏は、「緑の日傘」は単なる精神論ではなく、「測量・調査・データ分析によって政策化できるテーマ」だと言って、わが意図を超えたばかりか、捕捉してさえくれたのである(以下次回)。
