• 10月16日・金曜日。晴れ。

    10月21日・水曜日。晴れ後曇り。前回の文章、時間切れのヤッツケ仕事で、未校正のまま配信し、ご迷惑をおかけした。なお、数日前に一読者より、「特設サイト 新型コロナウイルス」の資料を送られた。これを記して謝意としたい。一読し、16日の筆者の文章を補足するような内容に、わが意を強くした。本日はこれのみとし、後は、資料整理と読書の時間に当てたい。

     

    一昨日の14日・水曜日のジャパンタイムズに、何やら不気味な記事を読む。「ウイルスの再感染、一層の重篤化をもたらすか」。「研究によれば、免疫の役割はパンデミック消滅には限定的である」が、その見出しである。本来であれば、感染者は免疫を得ればその病気の再感染は免れるか、感染しても病状は軽症で済むと言うのが、これまでの常識ではなかったか。だが、今回のコロナはそうではなく、かえって重篤になる場合があるらしい。とすれば、ここでは「将来的な免疫は保障」されない事になろう。

    上記の所見は(『ランセント医学ジャーナル』に掲載)、2ヶ月内に2回感染した米国ネバダ州の男性(25歳)に関するものであるが、これ程短期間に、しかも迅速に感染する事例を明らかにした初めての研究成果であるようだ。こうなると、現在、各国が躍起になって開発中のワクチンに対する信頼性にも影響が出てきそうであり、それ故にであろうか、「COVIDO-19感染後の予防的免疫の程度は、この度のパンデミックが孕む大きな未知なるものの一つである」と、記事は警告する。この所見は、「トランプ大統領がウイルスに対して免疫を持った、と言ったまさにその時に出された」だけに、「イヤイヤ、事はそんなに簡単な話ではありませんヨ」と言われているようで、何とも示唆的ではないか。事実、本病については、本欄でもしばしば触れたように、人類はまだ確定的なことは何も分かっておらず、それ故、今後何が飛び出すか分からない状況なのである。

    これまで、本病発症以来、再感染の事例は何件かあるが、エクアドルの再感染者のケースでは「2回目の病状がより悪化」していたようだ。先のネバダのケースは、4、5月の2ヶ月間に生じたことだが、再発の際の検査で、ウイルスのサンプル調査から2つの異なるコロナウイルスに感染していたらしいことが判明した。ここでは、次の一点のみを記しておきたい。「研究者たちは言う。2度目の感染が何故、悪化するのかはハッキリしていない」。ここには、様々な理由が考えられるにしてもである。これらを考える時、本病との戦いは、どうやらトランプ流に付くより、長期戦を覚悟せざるを得ないのではなかろうか(以下次回)。

  • 10月14日・水曜日。曇り。昨日、ジャパンタイムズ掲載の「北極ミッション、劣化する北極圏から帰還」の記事を読む。延べ300人の多国籍の研究者が調査船「POLARSTERN」(北極星)に乗り込み、390日に及ぶ空・海、氷、プランクトン、生態系等を探査した。データ分析とその結果を得るまでには、2年ほど要するらしいが、北極圏の環境劣化には戦慄を覚える。氷質は脆く、氷の薄さは史上2番目であり、時に氷塊の失せた水平線が見られたという。温暖化対策は待ったなしである。

     

    では、インデオは何故、天然痘にかかり、人口の半減を来たすほどの惨禍に見舞われたのであろう。これに対するマクニールの解答は誠に簡明である。ユーラシア・アフリカ大陸から成る旧世界では、領域の広大さと生態系の多様さにより、そこでの動植物は益々多様となり、高度に進化したのに比べ、南北アメリカ大陸は大きな島のような存在であり、生態系の進化ははるかにシンプルであった。それ故ここでの動植物が、前者にたいして太刀打ちできるものでは、とてもなかった。その事は、「アメリカ大陸産の生物が野生の環境内で旧世界の生物との競争に勝ったためしはほとんど無い」(マクニール・下・82頁)と言われることからも明らかであろう。

    とすれば、米大陸内での人間と動植物、特に動物との関係は、感染症という点で言えば、旧世界に比して単純であったと言えるであろう。彼ら原住民は、外来者に対抗しうる感染症は梅毒しかなかったと言われるような、無菌状態に近かったのである(だが、恐らくこの梅毒の従来の言い伝えも、今や信じがたい物語になった事は、マクニール、そして立川昭二『病気の社会史―文明に探る病因』・NHKブックス・1997を参照)。

    さらに、米大陸の住民数は生活する地域の広大さに比べれば、はるかに少なく、人口密度は低い。そこに何らかの感染症が発生しても、多くは地方病に留まり、その意味で原住民たちは、数世紀に渡って多種多様な感染症に晒され、免疫を獲得してきた欧州人に比べれば無抵抗な状態にあったのである。ここでマクニールの引用をあえて重ねておきたい。「インディオが罹る病気の発達水準が低かったということは、それゆえ、より広範な生物学的脆弱性の一面にすぎなかった」(下・83頁)ことを意味する。つまり、原住民がヨーロッパ人たちの持ち込む微弱な病原菌にも簡単に罹患するのは、彼らを取り巻く動植物の進化水準が低く、そのため病気に対する免疫を持つ必要も無いまま暮らすことが出来たからであった。しかし、その結果、原住民が蒙った感染の惨禍はすでに見た通りである(以下次回)。

  • 10月9日・金曜日。雨。寒し。

    10月12日・月曜日。曇りのちやや晴れ。今年の気候はやはりどこかおかしい。筆者のみの一事だが、月の半分以上は、長傘持参で出かけているような気がする。しばしば、その傘、気づけば杖代わりになっているのは、何とも哀れ。

     

    前回の末尾で、感染症は条件が整えられれば際限なく拡大しうる、と筆者は言った。しかし、デフォーのペスト報告を思い起こして頂こう。彼は、ロンドンを席巻したペストが、ある日突然勢力を弱め、何処かへと消え去った事に驚き、神への感謝を捧げたのであった。だが、彼の信仰心はともあれ、病気の種類によっては、感染がある程度拡大した後、対策が特に取られなくとも、自然消滅するらしい。また、共同体の全員が感染し、死滅させるほどの感染症は、あってもごく稀であろう。致死率9割という、劇症で知られるエボラ・ザイールですら、1割は生存できるのである(R・プレストン・高見浩訳『ホットゾーン エボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々』52頁。早川書房・2020)。それは、人間(そして、動植物)には、誕生以来の進化の過程で、生体内に侵入する病原菌に対して、自己を守る免疫体制が確立されてきたからであろう。近代免疫学の父とされるジェンナーが牛痘患者は天然痘に罹りにくいと言う事実に示唆を受け、それを改良して牛痘接種法を確立しえたのも(1796)、弱毒化された菌の摂取は、その後の菌の侵入に対する何らかの抵抗力、すなわち免疫を生み出す人体の不思議な力を感知したからであろうか。

    さて、その免疫である。ごく大雑把に言って、人によっては、ある病原菌に対して生まれつき備わっっている自然免疫の他に、病気の後、その病原菌に対し強い抵抗力を得る獲得免疫(これにはワクチン接種によって得られる免疫も含まれる)の2種類に分けられる。以下では、この獲得免疫の歴史的経緯について簡単に見てみたい。

    マクニールは、人口密度の高い都市的生活圏の中で発生する感染症を「文明特有の病気」と呼び(前掲書・上・99頁)、特に「はしか、おたふく風邪、百日咳、天然痘その他」を挙げ、それらはみな現代人がよく知る「普通の小児病」であるという。小児病とは、多くの幼児が感染するが、現在の栄養・衛生環境の下では、ほぼ普通の介護で平癒し、それ以降は免疫を得て、再発しないとされている(さらに今では、各種ワクチンの予防接種により、重篤化することはまずない)。故に、成人を含めない、小児に特化された病と言いたのだろう。但し、成人になって罹患すれば、死地をさ迷う状況に追い込まれるとは、人の知るところである。

    では、以上の感染症が文明国では何故、社会的崩壊を来たすような猖獗を免れ、小児病化への方向を辿り得たのか。

    マクニールは言う。現在の「文明特有と見なされる感染症は、…そのすべてが、動物の群れからヒトのポピュレーションに移行したものである。」動物の飼育には密接にならざるを得ず、しかも多様であった。例えば、家禽類・馬・豚・羊・うし・犬及びネズミ類であり、そのそれぞれの動物が複数の保菌者であり得るばかりか、動物間での菌・ウイルスの移動が生じ、その事から重複を入れて300余の感染症が考えられるらしい(同上100頁より)。さらに人間の活動の広がりに応じて、本来人間とは無縁な動物からの感染症も出てくる。原野の開拓は、地中にひそむネズミ他のげっ歯類を経た腺ペストを呼び出し、森林、洞穴住まいは蝙蝠、サルを介した黄熱病、狂犬病と言った具合である(同上101頁)。

    つまり、いわゆる文明国、ヨーロッパ人は、ここに至るまでに何千何万年という年月を経て、実に多様な病原菌に晒され、重篤な感染症を潜り抜けながら、徐々にその免疫力を獲得した来たのであろう。その歴史の入り組んだ興味深い物語は、マクニール、あるいはJ・ダイアモンド・倉骨彰訳『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫。上・下。2012)を読まれたい(以下次回)。

  • 10月2日・金曜日。晴れ。昨夜は満月をしみじみと仰ぎ見る。今月は八百万の神々、出雲大社に詣でる月として神無月といい、春以来の丹青の新米を刈り取り、酒を醸し(ゆえに醸成(かもな)し月とも言われる)、今年の豊饒に謝し、次年のそれを祈願する祭礼の月でもある。だが、世情はそんな静謐を許さない。森林火災、コロナ禍、経済のひっ迫、香港・台湾・新疆、毒物暗殺、混迷の米大統領選…。

    10月7日・水曜日。曇り。熱暑の日々から一転寒さを覚える。春夏秋冬と言われるが、近年の四季は、春秋が極端に短く、冬も暖冬となり、夏のみが長く、厳しい。これは筆者の勝手な思い込みなのか。あるいは自然からの何らかの警告であろうか。なお、本日、前回の文章に手を入れつつ、後半に一段落を追加した。

     

    今少し、コレラ感染に関わろう。微生物の繁殖には、それに都合の良い環境が必要である。コレラ菌の場合は、人々のある程度密集した生活環境の出現と、不潔である。本病は患者の排泄物中に含まれるコレラ菌を摂取した人が感染する。だが、そんな事を意図する人は、ある特有の嗜好を持つ者以外は、まずあり得ない。「文明の夜明け以来、人類はさまざまな文化を築いたが、他人の排泄物を食べるというのはどんな文化、民族でもタブーである」(S・ジョンソン・矢野真千子訳『感染地図 歴史を変えた未知の病原体』63頁・河出文庫、2020)。とすれば本病の感染は、汚染された水を、知らずに飲料水として摂る場合が多い。

    他方で、細菌は劇症であるほど、他に感染させる間もなく、寄生した生体を殺してしまうが、それはまた菌自身の消滅でもある。コレラ菌はまさにそうであった。それ故に、菌は生まれ故郷のガンジスデルタに留まり、インドの地方病として「数千年のあいだひっそりと暮ら」すほかはなかったのである(同上)。

    だがしかし、彼らコレラ菌の蟄居生活は、突如として終わった。彼らの道が開けたのである。大英帝国の出現と共に、交易が益々盛んとなった。不潔なデリーは、様々な船舶ルートを介して、それに劣らず不潔なロンドン、パリ等と繋がった。因みに、19世紀に至るまでのヨーロッパ諸都市の環境衛生の惨状について記した文献は幾らでもある(この際、どさくさに紛れて、拙著もその一冊にくわえておこう)。であればこそ、幕末期、わが国に到来したヨーロッパ人たちが、極東の野蛮なはずの非キリスト教国の都市生活の衛生状態に驚嘆したのである(実は、江戸の裏町、場末の不潔はヨーロッパに引けを取るものでは無かったのであるが)。

    都市の多層階の密集生活と共に、ため置き便所内の道路に溢れんばかりの排泄汚物の堆積、不備な下水道から漏れ出す糞尿は地下水へと流れ込み、それは住民たちの貴重な飲料水となったのだから、たまらない。「人口密集地での飲料水汚染は単に人間の小腸を循環するコレラ菌を増やしただけでなく、細菌の悪性度も高めた。これは病原体微生物の集団で以前から観察されていた進化原則のひとつだ。細菌やウイルスは人間よりもずっと早いスピードで進化する。細菌の生活環境は極端に短い。一個の細菌から数時間のうちに百万個の子孫が作り出されることもある」(同・65頁)。

    その結果はどうか。ロンドンが初めてコレラに見舞われたのは1781年であった。その後、タイムズ紙によれば、「1817年、トルコからペルシャ、シンガポール、日本にかけて」「劇症のコレラが吹き荒れ」たが、これは「アメリカにまで広がり1820年にやっとおさまった」。しかしそれは疫病蔓延の単なる前哨戦に過ぎず、‘29年、コレラは再び侵攻を開始しアジア、ロシア、アメリカからヨーロッパを襲って、’33年にはイングランド、ウェールズで2万人を超える死者を、さらに「1848年から49年にかけての集団感染はイングランドとウェールズの5万人の命を奪った」と言う(同54頁)。このようにコレラは波状的にヨーロッパ各市を襲い、その度毎に少なからぬ人命を犠牲に供し、非常なる恐慌状態を来たしたのであった。

    要するに、感染症とは、細菌、ウイルスが繁殖できる環境と、彼らが死滅する以前に、容易に次の生体に寄生しうる条件が整えられるならば、際限なく増殖し、拡大できるという事である(以下次回)。

  • 9月28日・月曜日。晴れ。本日より、9/8・(火)で中断された、インカ帝国滅亡に関わる天然痘の問題に戻ることにしよう。

    9月30日・水曜日。晴れ。前回の続きだが、はたして話が上手く運べるものやら覚束ない。これは今に始まった事では無いので、ご容赦あれ。

     

    言うまでもなく、当時スペイン人達がこの疫病を免れたのは、彼らがキリストの神を信じていたからではない。彼らにはすでに免疫があったからである。では、それは何故か。反面、インデオには、何故、免疫が無かったのか。これには、長い物語がある。

    感染症は、生体が細菌・ウイルスなどに汚染することで惹き起こされる病気であるが、その感染経路は、多様である。患者の看護や、彼の使用した物品、排泄物に触れる、あるいは彼から吐き出された息、唾液等に含まれる病原菌を吸収する、またその空気中に浮遊する病原菌を取り込んで発症する直接感染の他、菌に汚染された飲食物や病原菌を宿す動物を介しての間接感染がある。感染によって発症する病気とその劇症性も多様である。

    ここでは、病気の原因である細菌とウイルスの差異とその感染の仕組みについては割愛するが(実は、筆者にはそんな能力もないからである)、例えばコレラ菌の病理作用はこうである。飲食物を介して患者の体内に取り込まれたコレラ菌は、しばしば「米のとぎ汁様便」と言われるほどの下痢や嘔吐と共に、強度の脱水症状を発症させる。かくて皮膚はたるんで青色を帯び、皺だらけの顔には青紫に変色した唇が張り付くという、コレラ特有の顔貌を呈する(ペストの黒死病に対し、「青の恐怖」とも言われる)。

    コレラはさらに生命維持の低い臓器から順に機能停止に追い込む。手足の末端から心臓に至る血管の閉塞が特有の痛覚を患者に与え、こうして彼は死の到来を一段一段意識しながら最後を迎えさせられるという意味で、その酷さは募る。水分を失った血管には老廃物が溜まるばかりで、尿毒症と共に残された生命維持器官が一気に停止し、短時間のうちに彼は死するのである。江戸期に「三日ころり」と言われたのはこの意味であるが、これがだいぶ前にも触れた(3/27(金)を参照の事)本病特有の恐怖の実態である(以下次回)。