• 9月12日・月曜日。晴れ。この所、身辺多事につき、早稲田への出勤がままならない。よって、手紙の更新も滞りがちだが、別段、おろそかにしている分けではないので、ご理解あれ。そんな折、こんな戯れ句が浮かんだ。

     

    こなたモメ かなた世界の 国葬に みつお

    いつの間に 二番煎じの 国葬に みつお

     

    最近、ウクライナ紛争の報道に以前ほどの熱力が感じられなくなってきた、と思うのは筆者だけだろうか。悲惨な戦闘はすでに半年を越え、来年以降も続きそうな見通しを聞かされると、送り手も受け手も、日々の残酷な事実に押しつぶされる苦痛とともに、そこから逃れたい、そんな思いに取りつかれても不思議ではない。というより、そうした事実の惨たらしさですら、我われは麻痺し、新味がなくなり、興味を失ってしまうのであろうか。だが、現地では、ただ今現在、壮絶な命のやり取りに明け暮れていることは間違いない。同じことは、ミャンマーでの軍政の残虐さについても言えることである。それを支持するロシア、中国の冷徹さを併せて非難し、これがわが立場であると明言しておく。

    ウクライナについて、ロシアがその戦闘能力を誤認し、かくて長期戦になったことは、言うまでもない。西側がとった広範で迅速な反ロシア対策も、見誤った。これらが重なり、昨日の報道ではウクライナ軍が露軍を占領地から押し戻しつつあるらしい。それにしても、プーチンはこの戦争の先行きにどんな見通しを持っているのであろう。ただ、筆者はウクライナがこのまま押し切るとも思えない。と言うのも、露国本体はこの戦闘によって、何らの損傷も受けていないばかりか、原爆はじめ大量破壊兵器は温存されたままである。彼らからすれば、これはただ半身での、将棋で言えば飛車角落ちの戦争にすぎず、本気ではないという思いがあって、負けるはずのない戦争なのであろう。

    それゆえに、一昨日のニューヨークタイムズには、「露国民には無縁な戦争」との記事と共に浮かれ騒ぐ人々の写真が掲載された。情報から遮断され、戦場の兵士以外は悲惨を知らない多くの国民にとっては、やむをえない。同時に、プーチンは戦場での露軍兵士の損耗に対する補充のためにも、本格的な徴兵を実施すべきあり、国内のタカ派はそれを強く望んでいるとの外信を目にする。しかし、それは今回の戦争の破綻、あるいは停滞を宣言するに等しく、国民の反発を恐れてそれもできない。それゆえ彼は北朝鮮からの兵士ばかりか、弾薬の供給まで考えているようだ(だがこれは多くの不発弾を抱えこみ、戦闘の混乱を増すらしい)。くわえて傭兵の採用やら国内犯罪者を兵士に徴用するなどして、急場を乗り越えようとしている。しかも、彼らへの説得が、「自由と給料、ドラッグや女がいくらでも手に入る」とは、なんとも凄まじく、これにはわが目と耳を疑った。恐らくこれが、現在の露国の戦争観であろうが、ここには軍律や占領民に対する人権的配慮など望むべくもない。彼らの猟奇的な戦争犯罪の理由もよくわかる。

    そして、こうして見れば、プーチンは敗北しないまでも、勝ち切ることはできず、戦闘は長引くほかはないのかも知れない(以下次回)。

  • 8月29日・月曜日。曇り。

    9月2日・金曜日。雨。

     

    承前。2012年から臨床衛生検査技師会の会長職にあった宮島氏は、それなりの基盤を持つ候補者と見込まれたのか、元参院議長で、同じく臨床検査技師出身の伊達忠一氏(
    清話会)から‛16年の参院選(比例区)への出馬を打診された。前回13年の参院選比例の当選ラインは7万7千票、その前の10年では10.8万票であった。これを受け、宮島陣営は日臨技プラス他の関連団体を合わせて10万票の獲得を目指すが、これではまだ当確には届かないとみた陣営は、さらなる上積みを必要とした。そこに、先の伊達氏から公示の直前、「党の支援団体の票をもらってきた」との一報が入る。団体名は「世界平和連合」なる旧統一教会系の団体と知り「戸惑う」が、「上がつけてくれた団体ですから、もうあとには引けません」とは、陣営幹部の言葉であった。

    同氏が戸惑ったとは、当団体の危うさをすでに知っていたからであろう。それゆえ「教団側の支援が公になる」のを防ぎ、この関係を「陣営幹部のみが知るトップシークレット」としたのである。選挙までの支援の段取りは、陣営幹部と団体担当者との間で進められ、同氏はその後、全国遊説の日程に合わせて用意されたおよそ数十人規模の集会に出向く。その数、十数回であった。それはただ、宮島氏の自己紹介をかねた支持のお願いと、司会者による「みんなで応援しましょう」の呼びかけ、拍手で終わるような集会であった。

    これが、一般的な教団の選挙運動である限り、自民党に対する教団からの政治的・政策的影響は皆無であり、教団との関係は党の政策を支持する単なる選挙応援にとどまるはずである。とすれば、党は政治的には教団から完全に独立し、両者間にはなんら政治的な問題は無い。それゆえ、「何が問題なのかまったく分からない」と言い放った前政調会長の言葉や党首脳の当初の対応は、当然の結果であったのだろう。しかし、であれば、党や各政治家は原理との関係を、何故に公にできないのか。このできない理由は、自民党ばかりか、国民は誰でもよく知っているからである。

    では、宮島氏の選挙結果はどうであったか。次の一言が、すべてを語る。「平和連合はボランティアで宮島氏の支持を訴える数万通のはがきの郵送を手伝い、ビラも配布した。宮島氏は12万2千票余りを得て当選。陣営幹部は、日臨技の組織票が3万~3万5千票、関連団体が2万票で、「教団表は6万~7万票あったと思う」と分析する。「教団の力は、正直すごいなと思った」と語る。当選後、宮島氏は清話会に入会した」。そして、当選後の氏は、「皆さんのおかげで当選させていただいた」お礼の挨拶をかね、全国各地の集会に赴き、教団の歴史や趣旨の理解を深めたようである。

    時は巡り、今夏の参院選の改選期となった。宮島氏は、昨年11月、党の公認を得、再出馬の態勢は整った。折しも、6年前、同氏に出馬を勧めた伊達氏からも選挙に向けて安倍氏との面会を指示された。この1月、その日を迎えて、こう切り出す。選挙への態勢は整ったものの、少し厳しい。平和連合の支援を念頭に、前回と同様「応援票を回していただけませんか」。安倍氏の返事は芳しからず、選挙も迫る3月、再度同氏を訪ねると、「6年間国会議員をやってきたのだから、自分で頑張れないか」と告げられた。教団票は望めないと察し、また基礎票の日臨技の支援は、慌ただしいコロナ対応を理由に難色を示された。かくて宮島氏は出馬を辞退せざるを得なくなった。同氏に代わって平和連合の支持を得たのは、安倍氏の元首相秘書官・井上義行氏のようである。氏は3年前の参院選では落選したが、今回は16万5千票を獲て、目出度く当選。選挙後、井上氏は政策に賛同を得られたため教団の「賛同会員」となり、「平和連合は「政策が一致するため応援した」としている」(この項、終わり)。

  • 8月19日・金曜日。晴れ。
    8月22日・月曜日。曇り。暑さ和らぎ、一息つく。ただし、この炎熱の夏は、今年限りではない。毎年ひどくなり、挙句は地球の破滅だ。世界の指導者は領土戦争などにかまけず、温暖化対策こそ急務であろう。放置すれば、地球が燃え盛り、生命全体が死滅するからだ。

    旧統一教会関連で、こんな戯れ句が浮かんだ。

    原理漬け 驕る清和も 露と消え  みつお
    一発が 清和、自民を ぶっ壊し みつお
    アニキ逝き 張り子の虎か 萩生田クン みつお

    どうも、文書に基づいた話ではなく、記憶上のことで申し訳ないが、過日の朝日新聞紙上で、自民党議員の選挙参謀としてかかわった方の記事があった。統一教会の場合、信徒の支援が、実質的に当選に影響するほどの力を持ったという印象はない。同時に、同氏はそうした信徒の活動が、統一教会の拡大に寄与したとすれば、道義的責任を覚えるとも言っておられた。
    この記事を読み、筆者はそういうものかと、まずは得心した。確かにその信者数は創価学会員に比べればはるかに少ないようで、それを全国にならして各選挙区内に割り振れば、微々たるものであろうと踏んだからである。事実、宗教情報リサーチセンターによれば、名簿上の信者数は全国で56万人であり、その内熱心な信徒はとなると、6万人ほどであるらしい。
    しかし筆者の見込みは、見事に違った。朝日新聞(8/20・土)は同教団の選挙マシーンとしての威力をまざまざと示した。「教団側支援 陣営「外では言うな」」、「自民前議員ら旧統一教会側との関係証言」の記事がそれである。そこでは、今夏の参院選挙前に、当の宮島喜文前議員と故安倍晋三元首相とが交わしたやり取りも記され、かなり衝撃的である(以下次回)。

  • 8月10日・水曜日。猛暑続く。ただし、東北地方は豪雨の惨劇に遭う。本日まで、手紙は休載としたが、別途の私事に対処するためであった。
    8月15日・月曜日。晴れ。かなり蒸し暑いが、一週間前の炎暑とはやや違う。ただし、不快には変わりなし。本日、77年目の終戦記念日。ウクライナを目の当たりにして、不戦の誓いはむなしい。

    8/1からの継承。前回は、プーチンの「恥辱の帝国」がどのように出現し、その兵士たちの凶暴な振る舞いがなぜそうなるかを、彼らの心理にさかのぼって述べてみた。それにしても、彼ら兵士の人間の域を超えた残虐な話は、その後も引きも切らない。ブチャでのことである。「シドレンコ夫妻は、「ロシア兵との対話も可能だ」と信じて避難せず、しかし殺された。両家の6人の遺体は手足を切断され、焼かれ空き地に放置された」(朝日新聞7/24・日。国末憲人「日曜に想う」)。なぜここまで、と目を覆う凶行だが、それほどの憎悪なのか、あるいは娯楽なのか理解を越えた話である。
    どの道、ここには命に対する畏怖と言うものは、まるで無い。人はこれほどに苛烈、酷薄になりうることを教えるが、それが戦場と言う特別な事情の故なのか、ロシア民族の歴史的遺伝の結果であるのか、筆者には何とも言えない。ただ、ロシア社会の現在は、度を越した、途方もなく歪んだ社会であるらしいとは、言っておきたい。
    日々、ウクライナはどれだけの破壊と惨劇に苦しんでいるかを、世界が目の当たりにしているにもかかわらず、ロシアは公然と否定し、民間人への攻撃はないと言い切る。それを、ロシア国民の多くは信じているかに見えるのである。情報と映像が瞬時に世界に伝播されるこの時代にである。であれば、自国の犯している戦争犯罪的な惨状に対するロシア国民の罪障意識が希薄になるのも当然であろう。5月になされた、国民の道義的責任を問う世論調査では、「まったくない 58%、ある程度ある 25%、完全にある 11%」であった。これは朝日新聞朝刊の「ロシア 形だけ民主主義」(7/4)の記事からである。
    ロシアはソ連邦崩壊後、憲法上、三権分立に基づき、選挙で選ばれた下院議員は立法権を担う議院内閣制をとり、この意味では民主主義国家となった。しかし、プーチンは20年余をかけて、その根幹部分を形骸化させてしまった。言論の全般的な規制から反プーチン政治勢力の弾圧や拘束、地方自治の破壊と統制、ロシア民族中心主義的な価値観や宗教・教育の普及等々である。中でも、事実上の生涯大統領制の確立、そして「国際裁判所などの決定に従う必要はないとの規定」を設けた憲法改正は、その仕上げとも言えそうである。その結果が、現在世界が見ているように、民主主義国家になりそこなった異形なロシア社会の出現となったのであろうか。
    前回あげた菊池氏は言っている。「中国やロシアに領土紛争が多いのも」、両国には「国境の観念が薄いから」である。両国はいずれも、近隣諸国に対して、確定された領土を持つ主権国家として尊重する感覚を持たない「帝国」だからなのだ。自国民の人権すらないがしろにする国であれば、これも当然であろう。かくてロシアは、結局、近代国家に転換する道を踏み外してしまったのである。
    流石に、インターネット、情報機器に精通した若者たちは、こうした自国の理不尽な侵略行為を恥じ、同時に世界から孤立する露国では、将来のキャリアが無いと見切りをつけての国外脱出が止まらないとは、しばしば外信の伝えるところである。それがロシア社会にもたらす将来的な影響、損失は計り知れないものがあろうことを、プーチン政権は分かっているのだろうか(なお、朝日新聞5/1・日・「「仕事ない」ロシア去るIT人材」の記事参照)(この項、終わり)。

  • 7月27日・水曜日。変わらず、猛暑。

    7月29日・金曜日。猛暑、続く。

    8月1日・月曜日。猛暑なを続く。

     

    7/4からの継続。菊池氏は言っている。現在の露軍によるウクライナ侵攻は、しばしば言われているような、世界が「ルールに基づく秩序」から「力こそ正義だ」という世界への転換を告げるものではない。むしろこれは、世界史上でしばしば見られた、帝国崩壊の際の断末魔にも似た血なまぐさい悲惨な出来事の一つにすぎない。

    ソビエト連邦崩壊後のロシアは、二流国家に突き落とされたとの屈辱感に苛まれ、それゆえ世界からは粗略に扱われているとの思いが募り、とりわけプーチンにはそれに対する強烈な復讐心があるようだ。かつての栄光を取り戻し、帝国ロシアの復権をめざす。ウクライナ侵攻はそのための一歩である、とはよく聞く話である。事実プーチンは、18世紀、ロシアに西欧の学術を導入し、富国強兵と共に国土の拡大を図り、ロシア帝国の建設者とも称される偉大なる啓蒙専制君主・ピョートル大帝の再来を自任していることからも、そうした彼の思いは察せられるであろう(例えば、さる6月「ロシアの日」における彼の演説をみられよ)。

    では、帝国ロシアの復権とは、いかなる国か。文化的な誇りを持ち、世界から隔絶した孤高を保つ、そうした統一的な理念に導かれた国家である。そのためには、ソ連邦崩壊以前の、スラブ民族を中心とした連邦であり、プーチンはこれを、ロシアを長兄とする「家族」という言葉で表そうとしている。であれば、家族は分断されてはならない。にもかかわらず、ウクライナはそこから離脱しようとした。これは許されざる裏切りに違いない。

    これを阻止する方法は容赦ないものがある。ニューヨークタイムズ(7/27)のポメランチェフ「プーチンの恥辱の帝国」によれば、まずは対象国を徹底的に破壊し、その国民の独立心や自己決定権を完全に奪い去り、自らは無価値なものと悟らせる。その結果、ロシアへの依存心が掻き立てられる。自分たちは、ロシアにすがってこそ生きられると言うわけだ。これが「恥辱の帝国」の意味であろう。そして、それは古来からの帝国主義的行動原理であり、植民地政策の典型である。また、このようにして征服された国や民族は、今度は逆に、ロシアの支配から逃れようとする国家に対して、自分がなされたと同じ過酷な攻撃、残虐を加えて、一種の復讐を果たしながら、これを捕えて絶対に逃さない。つまりマゾスティクな業火の試練を経たサディズムへの転換だと、ポメランチェフは言っている。

    このたび露軍に編入されたロシア周辺国の軍隊がウクライナに対して行なった惨劇は、このようにして初めて理解されであろう(以下次回)。