• 11月6日・月曜日。曇り。
    11月10日・金曜日。雨。やや寒さを覚える。と言って、立冬の時期と言われる寒さではない。

    昨日(11/9)のニューヨークタイムズで、現在のガザの悲惨は想定内であり、これによってパレスチナの平穏は消滅し、戦闘は恒久的になった、とのハマス指導者の言葉を読み、ゾッとする。うすうす分かってはいたが、文字にして読むと、やはり衝撃的であった。彼らは平和なぞまったく望んでいない。それはそうだ。平和を願えば、あんな暴挙は、ハナからしなかった。
    その狙いは、イスラエル国民に突然の暴虐を加えて、彼らの憎しみや復讐心を最大限に煽って、ガザへの無差別な攻撃と、多くの子供を含めた市民への過剰な殺戮を呼び込む。その惨劇と、イスラエルの獰猛さを世界に見せつけ、それをテコに、周辺のレバノン、シリア他親パレスチナ諸国を抱き込み、当地を後に引けないような全面戦争に追い込んだ末、結局、イ国を消滅させることにある。イスラエルも同じ意思を持つとすれば、同地の平和は永久に来ない。今回のガザ侵略でハマスは消滅するかもしれない。しかし、それはハマスの絶滅にはならない。憎しみを糧にした第2、第3のハマスが誕生し、テロの世界的な拡散を呼ぶだろう。
    他方で、ウクライナ戦争がある。その結果次第では、ロシアの狂暴化は避けられず、欧州の安全が危うくなる。中国の海洋進出と周辺国との軋轢、中南米諸国からの、道中の信じがたい惨状をものともせずに押し寄せる、北米への移民圧力は放置できないほどらしい。
    世界中に紛争が起こり、その火種も尽きない。筆者には、これはなにか第二次時世界大戦前夜の様相に見える。それどころか、その後の火力、兵器の進化がもたらした、当時とは比較にならない残忍な破壊力を思えば、事態ははるかに深刻である。そして、こうした状況を丸ごと呑み込むような地球温暖化問題が迫っている。人類はこの挑戦に太刀打ちできるのだろうか。暗澹とする(この項、終わり)。

  • 10月30日・月曜日。晴れ。本日は10/16日付けの文章の続きである。

    前2回の論題は、要約すれば、こうなるか。殺虫剤の普及により、一時、環境衛生境の整わない地域、特にアフリカのような熱帯地方においても、蚊の発生、生息域が縮小し、マラリア、デング熱他の伝染病の蔓延が抑制されつつあった。かくて、人類の勝利が垣間見られたのである。しかし、近年、その潮目は変わり、人類と蚊との戦いは逆転の兆しを見せはじめている。これには、地球温暖化も影響しているという。それ以前には生存しえない寒冷な地域への蚊の進出、生息が可能になってきたからだ。その結果、これまでは一例の発症もなかったマラリアの感染が、合衆国で報告されているように、人類は、地域を超えた、世界的なレベルでの疫病蔓延に向き合わなければならい状況に陥ったのである。
    こうなった最大の原因は、記事によれば、どうやら進化過程にある蚊が、殺虫剤に対する耐性をより早く獲得できるかららしい。人類は蚊の進化のスピードに応じて、殺虫剤の効果を高める対策を取ることはとても出来ない。よって、このレースでは、人類の勝ち目はほとんどないということになる。
    その理由は、実にハッキリしている。殺虫剤の開発には膨大な費用と時間を要する。しかも、その毒性をただ強めれば良い、という分けにはいかない。生物界の環境を破壊するばかりか、人間自身が斃れてしまう。まずは安全性が確保され、同時に蚊に対して有効でなければならない。それらのバランスの取れた薬剤が完成したころには、すでに蚊は別のステージに変わってしまう。これが記事の大まかな要約である。
    かつて、蚊トンボのごとき、という言葉があった。何ら恐れるに足らない、つまらぬ相手だと、ののしる意味で使われていたような気がする。しかし、その最も弱小で、簡単にひねり潰せる相手にすら、我われは今や、最大の恐怖を覚えざるをえなくなった時代にあるらしい。これは、何とも皮肉ではないか。広大な知的世界を誇り、原子力や太陽系を超えて飛び出られるほどの技術力を持ちながら、地上の微小な世界に翻弄される始末である。とすれば筆者は言いたい。我われの知識や技術には、どこまで進んでも不完全と欠陥があるということであり、知識や技術が進めば、やがて一切合切の面倒、困難は解決されのだ、などと思い上がらないことだ。そのことを深く自覚し、何に対しても謙虚でなければ、いずれ我われは自分たちが仕出かした所業に押しつぶされ、結局は身を亡ぼすのではなかろうか。そして、温暖化は、紛れもなくその兆候の一つであるに違いない(この項、終わり)。

  • 10月23日・月。晴れ。蚊が媒介する疫病の世界的な蔓延の問題を取り上げているさ中、本日、朝日朝刊で「スズメバチ被害多発 温暖化影響?」、「巣が巨大化し働き蜂増 駆除中死亡も」の記事を読む。ここでは千葉県館山市、岐阜県高山市、大分県九重町の3例が挙げられているが、こうした深刻な被害は列島中で生じていることではないか。温暖化によって、熱暑のような特異な気象現象とは別に、人類は生物界からの多様で困難な挑戦にも晒されているのである。
    10月27日・金曜日。晴れ。本日は前回の続きのつもりが、以下のようになった。

    過日、ひょんなことから16,500歩を歩いた。荒川車庫から町屋を経て、隅田川沿いを下り、千住大橋を渡って北千住に至る道のりである。暖かな午後の日差しの中、桜トラムの車輛を右に見ながら、繁華街から取り残された静かな家並みに沿った道行は、結構楽しかった。町屋では、目当ての喫茶店が貸切のため、変哲のない珈琲館に入る。
    その後がいけなった。何の気紛れか、気づけば隅田川に出ていた。陽も落ちた隅田の川面を渡るそよ風と共に、川向こうのはるか彼方に瞬く千住の灯に誘われたのだろう。昔から、当方、チラつくネオンに弱いという習性もある。だが、ここではそればかりでも無くなった。ここまで来たら、もう戻れないからだ。南千住界隈の大マンション群の影絵をしり目に、ただ大橋を目指す他はなくなった。かつて鴎外が馬車で渡った橋だ。もちろん現在の橋ではない。
    千住市場の入り口では、芭蕉の句碑を読む。奥の細道に入るにあたり詠んだという、有名な「魚の目に泪」である。いよいよ千住の宿に入る。土曜の夕刻、これまでの静寂を破る雑踏であった。疲労は募る。丸井のレストラン街に上り、中村屋のカレーセットを取る。何かこの所、カレーばかりとなるが、別にイチロー氏にあやかり、あるいはカネがないと言うわけでもないのだが、どうもこうなる。
    春日部にたどり着いた後の帰途を、どうしたか記憶にない。バスに乗ったか、歩いたか。しかも、よく日はかなり疲労が残ったはずだが、携帯の記録によれば13,500歩を歩いている。別段、シニアオリンピックのような何かに出ようなどの、大それた意欲も計画もないのだが、齢傘寿を過ぎ、オレは一体何をしているのだろうと、しきりに想う。

  • 10月20日・金曜日。晴れ。あと10日もすれば霜月の声を聞く。それでもこの暑さは、一体なんだ。バスや電車はクーラーがかかり、半そでの乗客も多い。それらを変とも思わず、当然のように受け入れている我われの感性も、どこかおかしくなってきているに違いない。

    承前。前回の記事は「蚊は再び勝利しつつある」と題し、小見出しには「(蚊の)急速な進化は死を駆り立て、ウィルスを新たな次元へと引き連れる」とある。以下は、人類の健康にとって地球上で最も危険な生物、すなわち「蚊」に対する全面戦争を敢行している、ケニアの研究者集団についての報告である。彼らはヴィクトリア湖の数百マイルの湖岸線を対象に、昼夜を問わず、新生児、タクシードライバー、ヤギやその番人等から血液を採取し、蚊の媒介する寄生虫の特定に取り組んでいる。そうして得た知見は、人類に対する蚊の勝利を予見しているかのような不気味さである。
    1970年代以来使用されてきた殺虫剤は、子供の睡眠を守るなどそれなりの効力を果たしてきたが、その後は、進化した蚊は耐性を得たのか、ことに2015年にはその死滅は「歴史的に減少して、マラリアの発症、死亡例が上昇してきた」と言うのである。
    これには温暖化という気候変動を抜きには考えれない。かつては熱帯地域の疫病であったデング熱が、今やフランスや合衆国においても発症したようである。さらには、昨年の夏にはテキサス、フロリダ、メリーランドの諸州で、この20年間で初めて、9件のマラリアの感染が報告されたとある。
    これとの関連で、朝日新聞(10/9・月)の「酷暑避けた蚊10月に活発化」のタイトルの下、「35度以上だと休息 秋に復活?」するとの小見出しの付された記事が興味深い。ここでは、秋口になって、かえって活発になる蚊の生態と共に、普通、10月には休眠する蚊の卵が孵化し、あるいはその生息域が、ヒトスジシマカの場合、1950年頃の北限が栃木県であったものが、2016年には青森県まで延伸したとある。それどころか、その生息域はさらに北上し、ヒトスジシマカが「いつ北海道に定着してもおかしくない」というに至っては、蚊のグローバルな拡散と共に、疫病の蔓延を人類は覚悟しなければならないのかもしれない。

  • 10月11日・水曜日。晴れ。
    10月13日・金曜日。晴れ。
    10月16日・月曜日。晴れ。過日、将棋界では藤井八冠の誕生を見、かつて筆者もその世界のほんの周辺にあった者として(現在は、そこから完全に身を引き、愛棋家の一人である)、何か一言あるべきであろうが、今はそんな気の利いた言葉も思いつかない。ただ、達せられた偉業には、誰しも目もくらむほどであることは間違いない。ひとは、これ程の高みに達せられるものなのかと、改めて畏怖する。
    本日は前回の文章、特に末尾を改めた。

    温暖化が地球全域に与えている、容赦ない様々な惨害については、ここでも折に触れて報告し、人類は一刻も早く団結し、これを押しとどめる有効な対策を地球規模で実施すべきことを訴えてきた。しかもそれは、本音を言えば、そうした対策はもはや時期を失し、何をしようと無駄ではないのか、という不安に絡みつかれての訴えであった。筆者からすれば、事態はそれほど切羽詰まったものであるにも拘らず、世界の指導者はそんな危機には目もくれず、自国の利益、覇権の追求に狂奔し、そのためには通常兵器を超えて、いざとなれば大量破壊兵器や核兵器の使用も辞さずと言っているのである。ではここで、改めて尋ねたい。地球上の生命体の全てを危うくさせる熱暑、砂漠化、氷河の崩壊、凶暴な台風、海面上昇、地球規模の山林火災等を日々眼前にして、国家的覇権、経済利益に何の意味があるのだろうか。
    しかも、温暖化対策の切り札の一つとして、目下、世界は自動車のEV化に躍起となっているが、そのため半導体はじめ畜電池その他の生産に必須とされるレアメタル等原材料を求めて、地球のあちこちは広大かつ地中深く抉られ、特にアフリカでの乱開発の規模をみれば、目もくらむばかりである。それは同時に、環境破壊と共に、温暖化をさらに急進させることになるはずだ。かりに走る車のCO2は削減出来ても、それ以前のこうした問題を考慮する必要はないのだろうか。
    だが、大地を掘り起こし、石油、鉄鉱石などを採掘すれば、地中に眠るCO2や細菌、ウイルス類を解き放つことは、すでによく知られた事実である(例えばマクニール『疫病と世界史』(上・下)中公文庫)。その延長上で、現在、人類は病原菌にからむ新たな脅威に晒されかねないようである。デング熱、チクングンヤ熱、致死的な熱病の発生であり、再来である。従来、これらはいずれも、アフリカ、アジアで見られる、蚊が媒介するウィウルス感染症として知られていたが、問題は、以前には認知されていなかった地域でもその発症が報告されるようになったことである。
    たしかに人類は蚊との闘争において、殺虫剤その他の改良策により、この百年ほど明らかに優位にあったと言う。しかし「この数年、その進歩は停滞的になってきた。それどころか、それは反転してきたのである」と言われるに至っては、なにか底知れぬ恐怖を覚えざるを得ない(ニューヨークタイムズ(10/4・水)より)(以下次回)。