• 12月16日・水曜日。晴れ。師走も吉良邸討ち入りを越え、いよいよ年末。前回の筆者の読み通り、政府は、ついにと言うか、やっとと言うべきか、GoToキャンペーンの中止に追い込まれた。これに絡む批判は、当然、甘受しなければなるまい。なお、昨日から本日にかけ萩原慎一郎『歌集 滑走路』(角川文庫・令和2)を読む。たったの31文字の口語体の歌が、現代社会の冷酷さを抉り、歌人の夭折がいかにも惜しい。筆者には、理由は不明である。

     

    「社会のたたみ方」と題する本稿を書き始めて、すでに2年を終わろうとしている。その間、本題とは無縁と思われるような分野にも踏み入りながら、あちこち彷徨い、今日まで来た。筆者としては、それらの問題も必ず本題に関わると信じたからである。そして、社会の「たたみ方」の構想は、折にふれすでに示してきたので、そろそろ終結にしても良さそうだが、と言って今ここで終わりにするには、まだ未練もある。もう暫くお付き合い頂こうか。本題には、踏み入れば、いくらでも考えるべき題材がありそうである。それどころか、地方の再生が無ければ、都市の活性もなく、それ以上に人間社会の持続性も失われると考えれば、おいそれとは止められない、と気づいたからでもある。

    さかのぼって、本稿の書き出しは、確かこうであった。わが社会の都市風景は、都市と農村の区分けが無く、無計画の中、拡散して纏まりが無いばかりか、それは乱雑な上、特に地方都市の場合、人の住するところとしてはいかにも殺風景に過ぎる。ここから、地方の疲弊を探り、その再生の道を求めてきたのであった。本稿は、こうして書き継がれてきたのである。

    だが、こうした景観なき都市像は、インバウンドと称する外国からの観光客を当て込み、経済活性化を目論む政策にもそぐわないことであろう。もっとも、観光目的が市街見物のみとは思わないが、それにしてもこのような街を見るために、わざわざ人びとが訪れようとは、思えない。これに気づいて、最近は政府が、それ以上に地方政府がより熱心に、都市景観についての規制に乗り出してきているようでもある。もちろんこれは、インバウンド対応よりも、住民たちの生活環境の改善になるからであろう。こうして、以下では、まずはわが国の都市の成り立ちについて検討し、次いでそこからの再生の方途を考えて見ようと思う(以下次回)。

  • 12月11日・金曜日。曇り。

     

    重症化するコロナ患者数の上昇あるいは高止まりと共に、死亡者数も増進する中、各地の医療体制は益々ひっ迫しているとは、連日の報道である。GoToキャンペーンとの関連が取り沙汰され、政府はそれを懸命に否定するが、事実の重みに屈しそうである。これは「経済を採るか医療=命をとるか」の価値の闘争であり、最終的には政府に分はないと見る。前回のように、ある期間、全国的なロックダウンを宣言する他はないだろう。

    たしかに、政府がロックダウンを宣言すれば、その責任上でも各種の保障とそれに応じた巨額な支出は免れない。だが、国民を守るとはそういうことだ。財政赤字を心配せず、思い切った政策を打つためにこその増税ではなかったのか。強靭な国造りのうたい文句には、そのような意味合もあったのではないか。

    分けても、パンデミックと言われるような感染症は、かつてのスペイン風邪の例を見るまでもなく、短期間で収束する訳は無く、長期的な体制で臨まなければならない。このことは、政府こそ誰よりも分かっているはずである。であれば、各種の支援金や補償金の支出は、数次に及ぶことも織り込み済みではなかったのか。それが目先の景気対策に血税を振り向け、感染症への手当ては手薄となり、医療現場の人材を切り詰め、保健所数を削り、その機能を縮小してきたとの批判を聞かされる(なお、コロナ禍での各分野の生活崩壊に関する概観を見ようとすれば、『世界 6』(岩波書店・2020)所収の特集論文「生存のために。コロナ禍のもとの生活と生命」を読まれたい)。

    例えばこうだ。地方・中央政府のいずれも、様々な分野に対する適切な財政補助の用意が無い。医療分野に限ってみても、病院スタッフを守る機器、装備品に事欠き、さらには高度な医療機器の扱いに習熟した人材も不足している。そうした中で、都の役人は言った。「我々には法的強制手段がないが、仮にあったにせよ、病院には感染症患者の受け入れを強制しようとは思わない。病院にはそのための準備がないからだ」。してみると、彼らには、現在の病院がパンデミックには全く無力である事が、とうに分かっていたのである。これは、今年4月29日のジャパンタイムズの記事からである。あれから8か月。事態はどれ程進んだのであろう。態勢の改善どころか、いまだに目前の事態に追われ、しかも今後は一層窮迫していくのではないか。あるいは、国内でのワクチン接種が間に合い、医療現場の崩壊はすんでのところで免れるのであろうか。

    それにしてもである。現在、政府分科会の医療関係者からも迫られている、GoToキャンペーンの中止の要請が、どうもスムーズにいかない。しかも、第一波の時よりも、患者数と病勢の深刻さは、はるかに進行しているにも関わらずにである。その理由が、純粋に政策上の見極めのためなのか、自ら手掛けた政策の面子と、中止による責任問題を恐れての事なのか、その真意がハッキリしないことが、報道等で言われている。もし危惧された通りであれば、これは国政を預かるトップとしての態度ではない、とハッキリ申し上げる(以下次回)。

  • 12月7日・月曜日。晴れ。過日のジャパンタイムズ(11/4)に、気候変動によって、地球規模の健康脅威が「強まる」とあった。ランセット(英医学雑誌)によりながら、今年は記録に残る2番目の暑さであり、状況をこのまま放置すれば、「COVID-19の様なパンデミック」に今後も見舞われるだろうと警告する。温暖化は地球上の全生物に複合的で深刻な脅威を強めている。人類はまだ、この危機を回避できるのだろうか。

    12月9日・水曜日。曇り。本日、前回の文章の修正にとどむ。

     

    この記事をどう読んだらいいのだろう。「実習生 ベトナム帰りたくとも」、「寺が保護 帰国まで共同生活」(朝日新聞11/27・夕)。現在(2019年時点)、技能実習生として滞在しているベトナム人は中国人を抜き22万人を数える。これは在日ベトナム人41万人の半数に及ぶが、ベトナム人全体の増加もこの10年間で10倍に達すると言う。言うまでもなく、わが国の労働力不足のゆえである。

    技能実習制度とは、日本国が定めた法律に基づき、開発途上地域への技能移転を図り、経済発展をになえ得る人材育成を、その目的とすることであるようだ。であれば、単なる労働力補てんのためではない、れっきとした教育制度であり、受け入れ機関はそれに必要な仕組みやカリキュラムを整え、また違反に対する罰則も無ければなるまい。

    ではこの実態はどうか。「あまりにつらく、最初は日本人が嫌いになった」とは、最近この寺に駆け込んだ実習生の言葉である。5年前に来日し、熊本県でビニールハウスを組み立てる仕事に就く。月収17万と言われながら、9万円の支給。残業代なしの一日10時間労働に加え、田んぼの中のコンテナに3人住まいを強いられた。屋外のシャワー、方言が分からず聞き返せば、怒鳴られ、蹴られるの惨状に、1年で逃げ出す。その後埼玉県で、溶接の職を得、同僚の優しさに励まされ仕事を続けたが、コロナ禍で失職。その後、オーバーステイで逮捕され、ベトナム人保護の寺として知られる大恩時に身を寄せた。

    記事には、横浜市で左官の職に就いた実習生の例もある。現場で殴られ、「死ね」と面罵されながら耐えた仕事も、9月に解雇される。駅で野宿し、食事にも窮しながら、寺にたどり着いたと言う。いずれも不要になったその時点で、容赦なく放り出して済まされる制度の不備に呆れるが、受け入れ先への監視機能はどうなっているのだろう。それにしても謳われた理念と現実の乖離の甚だしさに呆然とせざるを得ない。我われはかくも酷薄な国民だったのだろうか。そも、人間とはそう言う存在なのか。

    実習生の現状は、ベトナム人以外でも同様な状況にあるのではないか。彼らの多くは、来日のための多額な借金に縛られ、給料のほとんどをその支払いに充てるため、もはや帰国の旅費の当てもない。寺院に残されている声も悲惨である。「コロナで失業し、うつ病になり自殺未遂をした。助けて」、「生活費もない。何でもするから助けて下さい(妊娠5か月の女性)」。最近発覚した群馬県でのベトナム人の犯罪は、こうした状況の延長線上の事であったのだろう。彼らの犯した犯罪は、法に基づき処分するのは当然だが、しかし事は、それで済ませられる話ではない。

    たしかに、この種の問題は、多少とも世界の何処にもあるのだろう。しかし、ここには根深い人権意識の欠落がある。高価な機械や道具なら大事にされようものを、替えのきく人間は粗末にする。一銭五厘の兵隊よりも軍馬を大事にした旧軍隊の思考と同じである。こうして、約束した給金は支払わず、暴行や奴隷化が横行すれば、わが国は世界から見放されよう。その結果、より深刻な人出不足に見舞われても、必要な人材、人力を獲得する機会、競争力を失うことになりはしないか。今世紀中には、世界の人口推移はピークアウトする、つまりそれ以降の人口は減少に向かうと言う報告もあるから、それほど安閑としてはいられまい。

    それ以上に、これを放置すれば、近い将来、滞在する外国人労働者たちはわが国に対する不信と怨念を募らせ、はてはそれがテロの温床にならないかと恐れる。また、こうした人間を粗末にする土壌は、外国人たちに対するばかりか、日本人の派遣労働者への差別と同根のものであろう。これらについては、すでに本欄でもしばしば見てきたところであるが、結局それは、国内の断裂、闘争の種となるか、わが国の制度的な劣化につながるのではないかと深く憂慮する。以上を理解するのに、小難しい理屈や知識は何もいらない。ただ、自分が同じ境遇にあったなら、いかに悲惨で、恐ろしいことかと、想像すれば済むことである(以下次回)。

  • 12月4日・金曜日。晴れ。

     

    前回書き落として、そうだアレもと気づいた事、自慢がてらにここで添えておきたい。先月11月一杯をかけて歩いた我が総歩数は、締めて306,066歩、一日平均にして10,202歩となる。これは喜寿を越えた身としては、一大快挙と申し上げたい。一日でも休めば、これは不可能となる数字である。毎日コンスタントに一万歩近辺を維持しながら、一か月を続けるには、体力、気力、天候、時間等の条件に恵まれなければまず無理である。因みに、当月の最低歩数は5,282歩、最高は15,312歩であった。

    今年は二回目の達成である。8月であったと思う。コロナと熱帯夜に苦しむ最中、夜間22時頃から歩き出し、まるで人気のない、ひっそりとした春日部市内を当てどもなく彷徨う姿は、カメラに映せば、ほぼ狂人か不審者であったろう。そんな折であった。たまたま自宅付近に停車していたパトカーが筆者を見とがめ、こちらもワザとこれを避けるような素振りで、進行方向を変えたから、たまらない。スワとばかり、サイレンこそ鳴らさなかったが、追いかけられた。これが過日、パトカーにつけ狙われた、と記した顛末である。そう言えば、かつて山田風太郎が、深夜の二時頃、犬を連れて自宅近辺の聖蹟桜ヶ丘を散策していたら、パトカーに暫く注視され、まさか犬連れの泥棒もあるまいと見逃されたらしい、と書名は忘れたが、書いていた。やはり同氏もどこかヘンテコなところがあったようだ。

    ともあれ、当方としては、単なる暑気払いと運動不足の解消を兼ねた、夜ごとの散歩に過ぎないものが、治安当局としては「くせ者」と色めき立ったのもよく分かる。以来、自宅付近のパトカー駐車は見ないが、当局にはこの近辺に不審者ありとの記録が残されているやも知れない。中国政府であれば、間違いなくそうなるであろう。それにしても、何故あんなところにパトカーがいたのだろう。通報者でもいたのだろうか。考えてみれば、不思議である。

    本日は他に書くべきこともあったが、わが教え子(と言っても60歳近辺だが)に「一日平均一万歩達成」と配信し、事務所の連中にも自慢したところ、いたく感心されたような気分になって、ならばと閑話にふけった次第である(以下次回)。

  • 11月27日・金曜日。曇り。早稲田までの車中でこんな戯れ句(川柳のつもり)を捻った。

    コラコロナ 窓を降ろして 風邪を引き ミツオ

    GoToの 面子にこだわり 院潰し  ミツオ

    12月2日・水曜日。雨。ついに師走。3、4年ぶりに路上の易者さんに手を差し出した。定期的にそんな気持ちになる。悟った心算で、何かに縋りたいオノレが情けない。そして、ご託宣。「あなたは株には向きません。地道におやりなさい。」道理で損ばかしして来たはずだと、妙に得心する。易には、我が体験では、嘘八百ではないある信憑性がある、と思う。見料、2000円なり。

     

    「大きなお星さまあるねぇ」とは、前回の記事にある2歳の男の子の呟きである。これまでは、都内の駅前タワーマンションに住み、ネオンや街灯のともる街の明るさしか知らなかった。それが一転する。赤城山のふもとに位置する、黒保根町(桐生市)の水田に囲まれた平屋に移り住むことになった、その当日の夕刻である。ふと見上げれば、青みがかった天上にははや一番星が浮きあがり、次第にその数を増す煌めく星の大きさに思わず見惚れた。夜空とはこういうものであったかと、感嘆したのであろう。その詩情は天空の星々と語り合った賢治のそれに繋がるものがあったのかも知れない。それまで「長男が「星を見た」なんて語ったことはなかった」とは、父親の言葉である。

    コロナ禍にあって、幸いにも若い両親は共にテレワークの可能な職にあった。だが、その在宅勤務中には、長男は玩具代わりのタブレット端末を相手に、一人動画を追い続けるばかりであった。転居の転機はこれである。「移住の決め手は子育て。息子は図鑑や動画でしか見たことがなかったトンボやカエルを追いかけ、家のまわりの田んぼで取れた新米のおにぎりをよく食べる」。

    群馬県は、こうした移住を考える家族の後押しをと、「リモート県」を銘打ち、テレワークのできる環境づくりに動き出したようだ。と言って、転居がそれほど簡単でないことも確かである。そのためには、相互に納得できる条件が整わなければならない。それでも、記事によれば、東京への転入者から他県への転出者を差し引いた人数は、今年5月、9年ぶりにマイナスに転じ、その数509人を示す。さらに7,8,9月も引き続き、それぞれ2千から4千人の転出者オーバーであったと言う。

    言うまでもなく、コロナ感染の影響である。だが、大都会から地方への転出のメリットとは何だろう。月並みだが、上記のように圧倒的な自然環境がまず挙げられよう。過密を避け、様々なストレスから解放される。ときに過酷な自然に煽られながら、それ以上の慰楽がある。さらに、現在では衣食住の生活環境は、ひと頃からは格段に改善され、情報、医療、教育関連もIT・交通等により格差は縮小しつつある。過疎ゆえの居住環境は都心とは比較にならない。安価で、広い。これは、わが国ばかりか欧米の傾向でもあり、それゆえの地方転居も多いらしい。

    唯一の難問は、経済格差と富の都心への偏在だろう。この解消を図る政策こそ、腹を据え、真剣に取り組んでいかなければなるまい。それは言うまでもなく、本欄でも見てきた地方再生への取り組みとその政策化に他ならない。それは同時に、コロナや未知の疫病からの有効な回避策になると信ずる。この度のコロナ禍がもたらした惨状に少なからぬ意味があるとすれば、これによって地方回帰への契機が与えられたことかもしれない。記事は言う。「一極集中の解消は、地球環境と経済活動の調和をめざすSDGs(持続可能な開発目標)が掲げる「住み続けられるまちに暮らし、働きがいのある仕事に就く」の実現に向けて、追い風になりそうだ」(以下次回)。