• 3月24日・水曜日。晴れ。前回の文章に多少手を入れた。また、そこでの論題については、朝日新聞朝刊(3/22・月)に掲載の「軍が握る政治 憤る若者」を扱った貝瀬秋彦アジア総局長の報告が参考になる。ここでは、ミャンマー、タイでの「真の民主主義を求める若者」たちの「新しい闘い方」を切り口に、現在の騒乱に至る両国の政治・社会情勢の一端が垣間見られると言う点で、貴重である。なお、筆者が当記事を知ったのは、前回の文章を記した後の事であり、これを生かすことが出来なかった。

    3月31日・水曜日。晴れ。本日、これまた予定を変更し、以下の通りの脱線となった。

     

    本日もまた、テレビでミャンマー国軍の残虐行為を見、突き上げるような恐怖と怒りを覚えた。自電車に乗った、ただすれ違っただけの市民3人を無情に銃撃する兵士をどう考えたらよいのか。昨日の新聞には、重傷を負わされたデモ参加者の1人だろうか、兵はそのまま彼を引きずり、生きたまま炎の中に投げ込んだとあった。暴力はより狂暴な暴力を引き出し、人をしてサディスティックな倒錯に引き込む、とは精神分析の一説だが、軍全体の規律の崩壊は、もはや軍の態をなさず、圧倒的な火力をもつ凶暴なだけの暴力集団に堕した。

    そんな惨状を目の当りにしてさえ、中露両国は国際世論の抗議に対して国軍を擁護し、静観を決め込む。国内問題に他国は内政干渉すべきでは無いと言うのが、その理屈である。これによってミャンマーを政治的に取り込み、やがてはこの国の資源や地政学的な利益も手にし得るとの戦略からに違いない。だが、国家利益のためには眼前の地獄に一片の同情も寄せずに済まし、またミャンマー国軍に対して向けられているであろう自国内の国民の非難を圧殺できる、中露の冷徹さには、毎度の事とは言え、慄然とせざるを得ない。この両国はいずれも、これまで平然と自国民を惨殺し、いまなおその非を認めず、全てを正当化し、それが叶わなければ隠蔽し続ける酷薄な国家なのだ、と改めて想起させられる。

    だからと言って、筆者は、いわゆる自由主義陣営の諸国家が理想だと、言うのでは断じてない。それは歴史的にも正しくない。また、現在でも、指弾されるべき大問題が山とある。だが、過日のアンカレッジでの米中外相会談で、ブリンケン氏は率直に言っていた。自分たちにも人種問題その他の問題が山積しているが、それらの存在を我々は公式に認め、これに対応しようとしている。

    筆者にとって、この差異は無限の差である。この立場の背後には、異論の存在を許し、自由な議論とそれを主張する相手の人格権の承認、そして法治主義への確たる信頼が前提されているからである。中露両国には、これらの価値観は、国民各人はともあれ、国家としてはほとんど皆無ではないのかと言うのが、わが見立てである。こうした大国が、背後でミャンマーを支えているのである。軍事政権がそれに力を得、自信を持つとすれば、今後の事態の成り行きは容易では無かろう(この項、終わり)。

  • 3月22日・月曜日。曇り時に雨。ジャパンタイムズの記事に触れ、本日も少々脱線する。

     

    クーデター後のミャンマーの混乱はさらに悲惨の度を増してきた。国民を守るべき軍隊が、その国民に対して水平射撃を断行し、犠牲者の増加もいとわず、鎮圧に躍起である。中露は、これを国内問題として、静観を言い募り、他国の介入を牽制する。ここに、両国の政治レジームへの執着と、凶暴性は覆い難い。体制さえ維持されれば、いかなる犠牲も顧慮しないからだ。かつて持たれた社会主義への羨望は、ほんの50年足らずで、かくも無残な変貌をとげるとは、思いもしない結果であった。もっとも、フランス革命の末路も血の粛清であった事を思えば、体制の一挙的革命なるものの限界なのであろうか。スターリン主義、文化大革命・天安門事件、金日成から東欧社会主義諸国による弾圧政治の数々を思う。

    こうした最中、ジャパンタイムズ(3/20)が、一面を使って、これまた悲惨なレポートを掲載した。海外に居住する軍事政権(Junta)幹部の子女たちがやり玉にあがり、彼らの私生活が危機に晒されている。これに対して、ある母親は、自分の命は捧げても、子供たちの生活だけは守って欲しい。「罰は私に。娘は許して」。この叫びは悲痛である。

    記事によれば、軍政幹部には、こうした成り行きは想定内の事であった。だとすればこのクーデターの先行きは、更に残酷になろう。それも当然であるに違いない。国民の反発に加えて、国際世論の指弾は必至であり、それを押して事を断行すれば、多くの国民を惨殺し、闇雲に事を進めて、成就する他はない。さもなくば、軍政の崩壊と自らの破滅である。徹底的にならざるを得ないのは、権力闘争の酷さであろう。

    だがこれは、何に発した事であろう。ただただ軍幹部の権力欲だけなのであろうか。どうも、それだけでは無いように思えるのだ。自分たちだけが、国や国民を守護し、その為の指導力と講想力を擁し、それ故軍には正義がある、との確たる信念に裏打ちされてもいるのではないか。つまり、この度の軍の行動は、彼らからすれば正義の実行であり、短期的には国民に多大な犠牲を強いようとも、結局は国民・国家の発展のためなのだ、という信念の発露ではないのか。言わばそれは、健康の回復をめざした癌病巣の切除と同等の理屈であろう。手術に苦痛は付き物である。であればこそ、家族を犠牲にし、国民の命を奪うこともやむを得ない。そして、正義の実現を標榜する戦争が容赦ないものになる事は、宗教戦争の歴史が常に示してきたところであろう。

    軍のそうした思考は、裏返えせば、国民の自律性と能力を侮蔑した夜郎自大な思い上がり以外のものではなかろう。また、こうした思考は、わが国の近代史とも無縁でないことを、想起したい。第二次世界大戦に至る軍の跋扈と国民弾圧の歴史は、いまだ遠い昔話ではないからである(この項、終わり)。

  • 3月10日・水曜日。晴れ。忘れていたが、わが毎月の歩行歩数をここに記録として残したい。いつか、この時代の後期高齢者が毎月どれ程歩いたかについて、一つの参考になるやもしれないではないか。1月の1日平均歩数・8479歩。最高・14215歩、最低・4012歩。総歩数・262859歩。2月の1日平均歩数・9854歩。最高・12334歩、最低・5919歩。総歩数253510歩。

    なお、本日より、2月26日・金曜日の項の論題に戻る。

    3月16日・火曜日。晴れ。一昨日の夜、悪寒の故に眠れず、あれこれ心配したが、事なきを得た。本日出社。なお、前回の配信について、やや難解な内容にも関らず、好意的な返信を複数頂戴した。記して、謝意を表したい。

     

    ローマクラブの刊行した『成長の限界』が世界に衝撃を与えたのは、1972年のことである。世界人口の増加、工業化の進展による環境破壊や汚染が、資源の枯渇と共に食糧生産力の減少を来たし、このまま事態を放置すれば、地球上の成長は100年後には限界に達すると言うのである。こうした地球の終末論的見解は、今なお形を変えて生き続けているが、地球温暖化を目の当たりにした現在、筆者もまたその一人である事を、ここに公言しておく。もっとも、この種の警告は、例えばK・ボールディング『二十世紀の意味』(原著は1964年に刊行され、邦訳は1967年に岩波新書より清水幾太郎訳として出ている)において、すでに発せられており、ローマクラブが最初であったとういう訳でもない。

    但し、人口増加の問題は、ボールディングが言い、ローマクラブも指摘したようには進行しなかったようである。たしかに、現在の世界人口数はこの50年間でも二倍に増加し、76億人を超える勢いであり、さらに2030年には86億人、2050年には98億人を見込むと言われ、この限り彼らの予想は的中しているようにも見られる(前掲書『2050年世界人口大減少』46頁より)。しかし我々が現在経験しているように、わが国はじめ先進国での人口減少は、そうした趨勢とはまさに逆行しているのも事実であって、これが途上国にも波及していけば、事態は逆転するのかも知れない。世界最大を誇る中国が、近年、人口減少に転じ、一人っ子政策の転換を余儀なくされたとの指摘は、そうした傾向の予兆であるのかも知れないのである(以下次回)。

  • 3月1日・月曜日。晴れ。本日は予定を変更し、先月献本された書籍の読後感を兼ねた礼状に代えさせて頂く。長文の上、専門書の読後感であり、分かり辛いに違いないが、興味があれば、挑戦されたい。

    3月3日・水曜日。晴れ。

    3月5日・金曜日。曇り。

     

    前略、いつまでも鬱陶しく、心配の多い日が続いておりますが、お変わり無きことと存じます。当方は、日々、未明の4時頃の就寝、起床は13時前後と、相変わらずの自堕落な生活ぶりで、旧同僚からは、よくそんな事が出来るものだと呆れられる始末です。そして、この3年間ほど、ハリ治療のため、有明の鍼灸大学に月1,2回、時に仲町経由で出向いております。そんな折には、この辺りに先生がお住まいではと推測し、あるいは東雲、月島界隈の様変わりに驚愕しております。元は江戸湾の直中に、かようなタワーマンション群を湧き上がらせ、先行き大事ないのか。かほどに技術を信頼してもよいものか、と。それ以外には、週2,3日、役員を勤める中央クリエイト社の早稲田本社に出かけては、「金子光男の手紙」なる怪しげなブログを書くなどして、まずは息災にしております。

    さて、過日は御著『転換期ドイツの経済思想 経済史の観点から』(日本経済評論社)ご恵贈賜り、誠に有難うございました。丁度その頃、翻訳モノの大冊『ダーク・マネー』(東洋経済)に取り付いておりましたが、ようやく手離れ、御著を読了した次第です。久しぶりの学術書との格闘に、ヤワになった頭で太刀打ちできるものやら危ぶみましたが、時間を要したものの、充実した読書となりました。以下、簡単な読後感を記し、遅ればせながらの御礼とさせて頂きます。

    従来、わが国の経済学史の教科書では、ドイツ経済学と言えば、イギリス古典学派の一般理論に対抗したF・リストの説く発展段階説とそれに基づく保護主義的な経済政策を出発点に定め、その後新旧の歴史学派の、これも反古典派的な歴史主義にたつ方法論的解説(その典型はシュモラー対メンガーの方法論争でしょう)が主であり、ドイツには独自の経済理論は無きかの如き印象でした。とは言えここでは、大河内一男『独逸社会政策思想史』(上・下、日本評論社)の記念碑的な大作は、わが国の歴史学派研究の一頂点として、是非挙げておかなければならないでしょう。

    そうした傾向に対し、最近、八木、原田両氏等のご努力によって、ようやく未開の地にも石斧が打ち込まれ、新生面が開かれようとしてきたようですが、それでも古典学派の研究に比すれば、いかにもその手薄さは覆うべくもありません。そうした状況での、御著の刊行は、この分野における今後の研究の指針として多大なる貢献を果たされるのではないかと拝察いたします。この事を私は、特に「経済史の観点から」との副題を添えられた本書の方法論的な意味に留意して、申し上げたいと存じます。

    御著3章以後で展開される、L・H・ヤーコプ、G・フーフェラント以下のドイツ古典派経済学者の解析は、実に興味深く拝読しました。彼らは、スミス由来の労働価値説―生産費説=価格論―分配論―蓄積論の線上で、再生産過程を過たずに理解し、その理論を歴史的に規定され、それ故英国とは異なるドイツ固有の社会・政治・経済構造の分析に応用しつつ、イギリス古典学派のいたらぬ論点を補正し、またドイツの現状に即して理論的な改良がなされる。こうして、自国が置かれた現状の政治・経済的な改変、政策提言へといたる過程が、手に取るように解明される様は、誠にスリリングなものでした。

    この限り、経済学は単なる知的遊戯などでは断じてありません。「国民経済学」として国家制度の改造の学となり、それはさながら、医学が人体を腑分けし、病巣の摘出とその病理の解明、そして治療に向かう過程と同断です。翻って、分業化の極まった現代経済学の場合はどうか。ここにもそれほどの力があるのだろうか。そんな印象を持たざるを得ません。何しろ、この10年来2%のインフレ達成を目指して、ゼロ金利どころか、マイナス金利にまで落としながら、目標は達せられないばかりか、過剰流動性から株価上昇、格差の拡大を招来するばかりの経済学なのですから。

    古典派のドイツ移入の問題は、比較史的な方法を必然的に内包します。そして、それもまた本書の魅力の一つです。比較史研究に精通された先生を前にして、これを申し上げるのは面映ゆい限りですが、ヴェーバー比較論に興味を持つものとして、敢えて一言いたします。ドイツに移植された古典派は、上記のように、ドイツの政治経済的な基礎課程に規制されて、当然のことながら改変されます。しかし、それは英国古典派理論の有効性と限界を照射することになりましょう。例えば、リストによる生産力概念の精緻化、スミスでは分断されていた使用価値と交換価値(水とダイアモンドの事例)の問題については、主観価値が重視され、J・B・セーと共に後の経済学の発展に寄与いたしました(ここでは、C・メンガーが想起されます)。にも拘らず、労働価値論に立脚する古典派再生産論は、ドイツでも揺るぎなき妥当性を証明しました。御著の後半での論述が、その証です。

    しかし、本書の表題に掲げられた、転換期の経済思想が孕む変革力の問題は、俄然、リスト考においていよいよ明らかにされます。理論が理論に止まらず、人々を糾合し、一つの運動体となって、社会・政治・経済機構を揺るがし、ついにドイツ領邦的絶対主義の体制が、「ドイツ三月革命」の到来によって、一時、確かに瓦解したのです。それを可能にしたのは、まずは体制の根幹を抉ったリストの理論的な解明にありますが、彼のこの理論を受容したばかりか、政治化し、それをドイツ全土にまで拡大した、思想の共鳴盤とも言うべき社会層との邂逅が無ければなりませんでした。

    この社会層とは、ここでは経済活動の中核を担う企業家達、中小の農業家や商人層であります。彼らは、日々の経済活動で直面する数々の制度的な掣肘、領主的人格支配の理不尽さ、過酷な納税・賦役や不自由に困窮し、それゆえこれらの桎梏からの解放を真に切望する人々でした。しかし彼らの多くは、いまだそれらの困苦と窮状、そしてその背後にある真の原因を明確な言葉で、捉えきることは出来ません。リストはそんな彼らに明確な理論とヴィジョンを示したのですから、彼の主張は寒天の慈雨とも受け止められたことでしょう。その様は、旧約の予言者たちが、ユダヤの民の堕落と悔い改めを迫り、救済の方途を指示した道筋に重なります。

    リストは先ず、故郷のヴュルテンブルグの社会層を捉え、そこから立ち上がった改革のうねりは燎原の火となってドイツ全土へと波及してまいります。その過程は、本書中の白眉であり、リスト思想の現実変革力をまざまざと見た思いでした。この時、理論は確かに、政治経済的な基礎と結んで、思想へと転換されたのです。

    とは言え、本書の興味は以上に尽きません。私と飯田の各古希記念論集に寄せられた、二本のルター論考がそれです。マルクスが認めたとされる、ドイツ初の経済学者ルターの再評価とその彫琢は、実に鮮やかです。当時のドイツ経済の基礎課程を背景に、彼の経済学が徐々に浮かび上がる場面は、かつての内田義彦『経済学の生誕』のドイツ版を見る思いでした。

    そして、最後に申し上げるべきは、「言葉」のもつ力です。40年前、小林昇氏の一言が、この度の新著に生かされたとの由。常々思うのですが、言葉は多くは「事の端」として消え去るものでありながら、ある決定的な一言は「言霊」となって、心に根付き、影響し続けるものである、と。私が付属校長の折(5年間を努めました)、毎回小分けにして、その年次の高校3年生の全員を校長室に招き入れ、各3~40分の懇談を持ちました(総じて一千名近くになったでしょうか)。その折は、決まってそんな話を繰り返したものです。御著を読み、久しぶりにその事を思い出した次第です。と言って、わが言が何人の生徒たちの心に落ち、言霊になり得たかとなると、とても小林先生のようには行かなかったと存じます。

    本書については、なお語るべき論点は多々ありましょうが、それらを汲みつくすことなど、私には及ぶべくもありません。以上をわが読後感として、ここらあたりで一先ず擱筆させて頂きます。コロナ疫病の消長はいまだ定かではありません。どうぞご自愛の上、お過ごしください。

  • 2月24日・水曜日。晴れ。前回の文章、やや加筆した。

    2月26日・金曜日。曇り。足利市周辺の山火事、いまだ鎮火せず。住民の恐怖を思う。

     

    わが国での外国人労働者や実習生の存在が、いまやわが社会にとっていかに重要であり、彼らは単に経済活動の維持どころか、地域の生存や存続にとっても不可欠な役割を担うに至っているについては、本欄でもしばしば触れてきた(本年1月末から2月初めの項を参照)。こうなった最大の原因は、わが国の高齢化と少子化による、総人口の減少である。彼らは、その減少分、特に生産年齢人口を補充する中核的な存在なのである。この傾向がさらに続けば、いずれわが国は移民国家、多民族国家への歩みを辿らざるを得なくなるだろう。これが先の筆者の結論であった。

    だがこの予想は、何か特別な事を言ったのではない。毎年発表される人口推移の統計表からも人口減少は疑いなく、その先にあるのは、形はどうあれ、結局、移民を承認する他はないからである。だが、問題はそれで終わらない、それでは済みそうにないことである。それは、どう言うことか。

    最近、わが国は縮小社会に向かうと予測する書物の刊行が続いているように思えるが(その一例を挙げれば、河合雅司『未来の年表』・講談社現代新書2017、NHKスペシャル取材班『縮小ニッポンの衝撃』・講談社現代新書2017他)、筆者もその流れに与する者の一人であることは、今さら改めて言うまでもなかろう。これはたしかに、楽観よりも悲観的になりがちな、わが思考癖や性分によるものであることは間違いない。だが他方で、地球の復元力を越えた環境破壊、地球温暖化、資源問題、大量破壊兵器等を目の当たりにし、にも拘らず科学技術を駆使したグローバルな経済発展を、これまで以上の規模で推進しようとする各国政府の政策が、地球の先行きを憂慮させる一因でもあることは、言っておきたい。

    だが、こうした開発・発展はいよいよピークに達しつつあり(これまで残されていた経済フロンティアであるアフリカ大陸と南米大陸が蹂躙され、そして地球の両極も開発の射程圏に入りつつある。やがてそれらの大森林や埋蔵資源が乱開発されるかと思うと、空恐ろしいものがある)、人口問題も地球規模で限界に突き当たり、日本社会もその隘路にやがては逢着せざるを得ないことになろう。

    さて、以上を考えるにあたり、参考となる文献はD・ブリッカー/J・イビットソン著・河合雅司訳『2050年世界人口大減少』(文藝春秋・2020)である(以下次回)。