• 8月19日・金曜日。晴れ。
    8月22日・月曜日。曇り。暑さ和らぎ、一息つく。ただし、この炎熱の夏は、今年限りではない。毎年ひどくなり、挙句は地球の破滅だ。世界の指導者は領土戦争などにかまけず、温暖化対策こそ急務であろう。放置すれば、地球が燃え盛り、生命全体が死滅するからだ。

    旧統一教会関連で、こんな戯れ句が浮かんだ。

    原理漬け 驕る清和も 露と消え  みつお
    一発が 清和、自民を ぶっ壊し みつお
    アニキ逝き 張り子の虎か 萩生田クン みつお

    どうも、文書に基づいた話ではなく、記憶上のことで申し訳ないが、過日の朝日新聞紙上で、自民党議員の選挙参謀としてかかわった方の記事があった。統一教会の場合、信徒の支援が、実質的に当選に影響するほどの力を持ったという印象はない。同時に、同氏はそうした信徒の活動が、統一教会の拡大に寄与したとすれば、道義的責任を覚えるとも言っておられた。
    この記事を読み、筆者はそういうものかと、まずは得心した。確かにその信者数は創価学会員に比べればはるかに少ないようで、それを全国にならして各選挙区内に割り振れば、微々たるものであろうと踏んだからである。事実、宗教情報リサーチセンターによれば、名簿上の信者数は全国で56万人であり、その内熱心な信徒はとなると、6万人ほどであるらしい。
    しかし筆者の見込みは、見事に違った。朝日新聞(8/20・土)は同教団の選挙マシーンとしての威力をまざまざと示した。「教団側支援 陣営「外では言うな」」、「自民前議員ら旧統一教会側との関係証言」の記事がそれである。そこでは、今夏の参院選挙前に、当の宮島喜文前議員と故安倍晋三元首相とが交わしたやり取りも記され、かなり衝撃的である(以下次回)。

  • 8月10日・水曜日。猛暑続く。ただし、東北地方は豪雨の惨劇に遭う。本日まで、手紙は休載としたが、別途の私事に対処するためであった。
    8月15日・月曜日。晴れ。かなり蒸し暑いが、一週間前の炎暑とはやや違う。ただし、不快には変わりなし。本日、77年目の終戦記念日。ウクライナを目の当たりにして、不戦の誓いはむなしい。

    8/1からの継承。前回は、プーチンの「恥辱の帝国」がどのように出現し、その兵士たちの凶暴な振る舞いがなぜそうなるかを、彼らの心理にさかのぼって述べてみた。それにしても、彼ら兵士の人間の域を超えた残虐な話は、その後も引きも切らない。ブチャでのことである。「シドレンコ夫妻は、「ロシア兵との対話も可能だ」と信じて避難せず、しかし殺された。両家の6人の遺体は手足を切断され、焼かれ空き地に放置された」(朝日新聞7/24・日。国末憲人「日曜に想う」)。なぜここまで、と目を覆う凶行だが、それほどの憎悪なのか、あるいは娯楽なのか理解を越えた話である。
    どの道、ここには命に対する畏怖と言うものは、まるで無い。人はこれほどに苛烈、酷薄になりうることを教えるが、それが戦場と言う特別な事情の故なのか、ロシア民族の歴史的遺伝の結果であるのか、筆者には何とも言えない。ただ、ロシア社会の現在は、度を越した、途方もなく歪んだ社会であるらしいとは、言っておきたい。
    日々、ウクライナはどれだけの破壊と惨劇に苦しんでいるかを、世界が目の当たりにしているにもかかわらず、ロシアは公然と否定し、民間人への攻撃はないと言い切る。それを、ロシア国民の多くは信じているかに見えるのである。情報と映像が瞬時に世界に伝播されるこの時代にである。であれば、自国の犯している戦争犯罪的な惨状に対するロシア国民の罪障意識が希薄になるのも当然であろう。5月になされた、国民の道義的責任を問う世論調査では、「まったくない 58%、ある程度ある 25%、完全にある 11%」であった。これは朝日新聞朝刊の「ロシア 形だけ民主主義」(7/4)の記事からである。
    ロシアはソ連邦崩壊後、憲法上、三権分立に基づき、選挙で選ばれた下院議員は立法権を担う議院内閣制をとり、この意味では民主主義国家となった。しかし、プーチンは20年余をかけて、その根幹部分を形骸化させてしまった。言論の全般的な規制から反プーチン政治勢力の弾圧や拘束、地方自治の破壊と統制、ロシア民族中心主義的な価値観や宗教・教育の普及等々である。中でも、事実上の生涯大統領制の確立、そして「国際裁判所などの決定に従う必要はないとの規定」を設けた憲法改正は、その仕上げとも言えそうである。その結果が、現在世界が見ているように、民主主義国家になりそこなった異形なロシア社会の出現となったのであろうか。
    前回あげた菊池氏は言っている。「中国やロシアに領土紛争が多いのも」、両国には「国境の観念が薄いから」である。両国はいずれも、近隣諸国に対して、確定された領土を持つ主権国家として尊重する感覚を持たない「帝国」だからなのだ。自国民の人権すらないがしろにする国であれば、これも当然であろう。かくてロシアは、結局、近代国家に転換する道を踏み外してしまったのである。
    流石に、インターネット、情報機器に精通した若者たちは、こうした自国の理不尽な侵略行為を恥じ、同時に世界から孤立する露国では、将来のキャリアが無いと見切りをつけての国外脱出が止まらないとは、しばしば外信の伝えるところである。それがロシア社会にもたらす将来的な影響、損失は計り知れないものがあろうことを、プーチン政権は分かっているのだろうか(なお、朝日新聞5/1・日・「「仕事ない」ロシア去るIT人材」の記事参照)(この項、終わり)。

  • 7月27日・水曜日。変わらず、猛暑。

    7月29日・金曜日。猛暑、続く。

    8月1日・月曜日。猛暑なを続く。

     

    7/4からの継続。菊池氏は言っている。現在の露軍によるウクライナ侵攻は、しばしば言われているような、世界が「ルールに基づく秩序」から「力こそ正義だ」という世界への転換を告げるものではない。むしろこれは、世界史上でしばしば見られた、帝国崩壊の際の断末魔にも似た血なまぐさい悲惨な出来事の一つにすぎない。

    ソビエト連邦崩壊後のロシアは、二流国家に突き落とされたとの屈辱感に苛まれ、それゆえ世界からは粗略に扱われているとの思いが募り、とりわけプーチンにはそれに対する強烈な復讐心があるようだ。かつての栄光を取り戻し、帝国ロシアの復権をめざす。ウクライナ侵攻はそのための一歩である、とはよく聞く話である。事実プーチンは、18世紀、ロシアに西欧の学術を導入し、富国強兵と共に国土の拡大を図り、ロシア帝国の建設者とも称される偉大なる啓蒙専制君主・ピョートル大帝の再来を自任していることからも、そうした彼の思いは察せられるであろう(例えば、さる6月「ロシアの日」における彼の演説をみられよ)。

    では、帝国ロシアの復権とは、いかなる国か。文化的な誇りを持ち、世界から隔絶した孤高を保つ、そうした統一的な理念に導かれた国家である。そのためには、ソ連邦崩壊以前の、スラブ民族を中心とした連邦であり、プーチンはこれを、ロシアを長兄とする「家族」という言葉で表そうとしている。であれば、家族は分断されてはならない。にもかかわらず、ウクライナはそこから離脱しようとした。これは許されざる裏切りに違いない。

    これを阻止する方法は容赦ないものがある。ニューヨークタイムズ(7/27)のポメランチェフ「プーチンの恥辱の帝国」によれば、まずは対象国を徹底的に破壊し、その国民の独立心や自己決定権を完全に奪い去り、自らは無価値なものと悟らせる。その結果、ロシアへの依存心が掻き立てられる。自分たちは、ロシアにすがってこそ生きられると言うわけだ。これが「恥辱の帝国」の意味であろう。そして、それは古来からの帝国主義的行動原理であり、植民地政策の典型である。また、このようにして征服された国や民族は、今度は逆に、ロシアの支配から逃れようとする国家に対して、自分がなされたと同じ過酷な攻撃、残虐を加えて、一種の復讐を果たしながら、これを捕えて絶対に逃さない。つまりマゾスティクな業火の試練を経たサディズムへの転換だと、ポメランチェフは言っている。

    このたび露軍に編入されたロシア周辺国の軍隊がウクライナに対して行なった惨劇は、このようにして初めて理解されであろう(以下次回)。

     

  • 7月25日・月曜日。晴れ。休暇を終えての、ご挨拶。暑中お見舞い申し上げます。連日の猛暑につき、皆さま、呉ぐれもご自愛の上、お過ごしください。

    7/4以来のご無沙汰である。実は、今月の歩行は思いの外調子がよく、連日、1万歩のペースで進んだ。それを良いことに、日中、夜間を問わず、歩き回っていたら、ついにダウン。そのまま寝込んで、1週間ほど臥せる始末と相成った。以降、休養と暑中休暇をかねて、本日、ようやく出社に及んだ次第である。

    なお、その間、長年のガラケイ携帯電話をスマホ(アイホン)に切り替えたが、いまだ3日。まるで勝手が違い、重要な連絡も受けねばならず、それが出来るかと思うと、ただ途方に暮れている。メールや電話ですら、かけたり、掛かるのも、ほぼパニック状態の中、うろたえている様は何とも情けない限りだ。同時に、こんな余計なことは、やめときゃよかったとの、深い後悔の念に押しつぶされているが、命より大事な大金をはたいて始めたことゆえ、今さら後にも引けない。

    かくなる上は、不退転の覚悟をもってこの難所を乗り越え、必ずや有終の美を飾って見せようぞ、とこれまた根拠のない見込みと希望をお示しして、これまでの長い休載のご挨拶に替えさせていただこう。

    本日は、前回の文章を、是非にも完結したいとの意気込みで出社したのだが、スマホ対応の知恵熱にくわえ、病み上がりのゆえか、早くも疲労を覚える。よって、宿題は次回に譲りたい(以下次回)。

     

  • 7月1日・金曜日。晴れ。6月末の一週間連続の猛暑日は、記録的な事らしい。先月だったか、インドでは酷暑による死者が出たとここでも報告したが、異常である。しかもこれは、今年に限ったことではなく、年々厳しくなるはずで、早急に地球規模での温暖化を阻止しなければ、生態系は急速にくずれて、弱い生物から順次死滅するだろう。それはさながら、天から火が降るとの「ヨハネの黙示録」のようではないか。

    7月4日・月曜日。曇り。本日、蒸し風呂のごとし。迫りくる台風の影響だと、予報士は言う。

    丸腰のウクライナ市民に対して、「不眠になった多数の兵士が襲い掛かるが、彼らにはどんなルールも当てはまらない」。こうしたロシア兵の心理状況には、人権教育の欠如とは別の、何か特有のものがありそうなのである。

    かつて、露軍の心理学者として勤務したことのある一ジャーナリストは報告している。すでに言ったように、部隊内での部下に対する暴力は言うまでも無く、それとは別に、兵士は自らが守るべきロシア市民に対する虐待もまた日常的であったと言う。例えばこうだ。列車で、部隊と共に長距離を移動した折に、車内の老婦人が携えていた鶏料理を、兵が奪い取るさまを目の当たりにしたのであった。「一事が万事」の言葉のとおり、この一事はたしかに露軍のある側面を如実に、示すものであるだろう。

    露軍がウクライナから撤退した後は、その一帯には目ぼしいものは何も残らないとは、外信のしばしば伝えるところである。最近では、ウクライナに備蓄された2千トンもの小麦が略奪され、ロシア産として輸出されたと聞く。これらの情報には、ウクライナによる反ロシア宣伝の一方的な報道に過ぎないものも含まれているのかも知れない。

    しかし、ロシアから発せられる情報は、露軍の犠牲者数やその戦争犯罪的な残虐を含めて、すべて「西側の謀略」と否定し、多方面から伝えられる情報と比べてあまりに齟齬が大きすぎる。この一点からも、ロシアの主張には信頼すべきものは何もない、というよりもむしろ、平然と巨大な嘘を吐き続けられる国家だとの印象を、世界が持っても不思議ではあるまい。これらは、ヒトラー政権が取った戦術とまさに瓜二つである(テイラー前掲書『一九三九年』を参照されたい)。

    ともあれ、露軍、そしてこれを指揮するプーチン政権の行動原理は、誰に対してであれ、強ければ何をしても構わない、と言うようなものに見える。ロシア政府や軍に対する批判や抵抗は、すべて暴力で黙らせる。最強の米国や世界に対しても恐れる素振りはない。「核の使用」を持ち出せば、世界は黙ると見ているからであろう。軍の弱者に対する暴力的な行動は、歴史的に染みついた軍の体質的な「特徴」なのかも知れないが、同時に露軍が民主主義国家の軍隊ではなく、プーチンという独裁的な大統領の下に置かれているという政治体制が、その特徴を一層強めたと見られないであろうか。とすればそれらは、そうした政治体制を許したロシア社会が生み出したことではないのか。では、現在のロシアとはいかなる国家なのであろう。菊池務氏(青山学院名誉教授)によれば、露国は「近代国家」以前のロシア「帝国」なのである(朝日新聞6/4/土)(以下次回)。