• 7月23日・木曜日。曇り・連日の猛暑、やや和らぐ。

    前回で説かれた主張によれば、事象はすべて原因・結果において捉えられ、その関係は必然的である、とする立場に立ち、それは決定論的と言われるものである。この決定論にもギリシャ以来の歴史といくつかの流れがあるはともかくとして(こんな問題は、とても私には論じられないから)、これは自然科学の説明原理としては、極めて説得的であり続けたのである。だが、20世紀初頭になって、量子力学が確率概念を登場させるに及んで、ようやく科学の舞台から退場させられた。そこでは、本来分割不能とされていた原子のなかでの中性子、素粒子、陽子・陰子の構造と振る舞いは一義的、決定論的な関係では捉えられなくなってきたからである。

    以上は、われわれの日常生活には直接関わる世界でないことは、いうまでもない。しかし、「真理は細微に宿る」。原子の説明原理は宇宙のそれに繋がり、生命の起源の問題を解き明かすかもしれない。近年の古生物学の知見によれば、「歴史的ないし進化的発展の連鎖は完全に一貫しており、事後的には説明できる、しかしおこり得る結果についてははじめに予言はできないというのである。なぜなら、もし同じ進化の路線が二度目に設定されたとしても、何らかの初期の変化があれば――たとえいかにささいな変化で、初期には一見何の重要性もなかったとしても――「進化は根本的に異なった水路に滝の水のように流れ込む」からであった。この方法の政治的、経済的、社会的な帰結は遠大なものになるかもしれない」(E・ホブズボーム著河合秀和訳・20世紀の歴史・下378頁・三省堂)。ここに、「出来事は偶然ではないとしても、ある特定できる原因から生じる結果は予言できない」ことは明かであろう。

    私自身でもよく分からない事を、こうではないかと勘グッテ書いているのだから、読み手が戸惑うのもやむをえない。ただ、私がここで言っておきたかった事は、正確精密を身上とし、堅固な土台の上に打ち立てられたと思われる自然科学の認識も、その土台は案外ヤワであるのかも知れないということである。むしろ、こう言えるのかもしれない。19世紀までは、ニュートン以来の力学、物理学は生活上の諸事象をほぼ完璧に説明しえ、予測可能であって、その信頼は疑うべくもなかった。カントはそうした精密性に感嘆し、それに相応しい哲学的原理の確立を目指した様であったし、19世紀半ばにJ・S・ミルが精密自然科学に匹敵しうる経済学の樹立のために『論理学体系』を著したのもそうであった。思えば、マルクスが史的唯物論に立って資本主義から社会主義、共産主義への移行を必然法則として信じたのもこうした自然科学観があったからであろう。だが、認識の進化は物質の堅固さを奪い、まったく異なる物質観を生むに及んで、自然の見方のみならず、「政治的、経済的、社会的」な観念まで変革したのである。まさに「その帰結は遠大」であった。

  • 7月16日・木曜日。台風接近による余波か、かなりの雨。

    では、それはドウ確かめられようとするのか。ポパーは分かりやすい事例を上げてこれを説明しようとする。「カラスは黒い」。これは一応、科学的な理由に立ってそう言明された。とすれば、これが真であるからには、カラスは、時空を超えて、全て黒くなければならない。しかし、これを全部、一羽づつ確かめるのは、不可能である。そこでこれを「黒くないカラスはいない」としたらどうか。過去を問い、また将来、黒以外のカラスが一羽でも発見されたら、この文章の妥当性は否定されることになる。このように科学知とは、常にその真偽が検証されるような形式で提示されるものでなければならない。これを「反証可能性」と言い、これによって科学と似非科学との境界線が引かれたのである。そして、現在の科学知の真理性、妥当性は、これを否定する事実が提示されるまでの、暫定的なものに過ぎないことを論証したのである。

    この意味は科学の範囲を確定し、その論理を明示したという点でとても重要である。例えばこんな事例はどうか。「存在するものは合理的であり、合理的なものは存在する」。これはヘーゲル『法の哲学』で語られた有名な一文である。この文章を是非とも、口の中で何度も何度も口ずさんで欲しい。そうすると、ここでは現実世界の全てが見事に説明されているのに、気付かされるだろう。しかし、それは反証のテストにかけようもないから、現実をなんら説明したことにならない。これがポパーの見解で、だからこれは似非科学だ、となる。へーゲリアンにとっては大いに不満のあろう事ながら。

    ところで、科学知の検証はドウ為されるのか。先に、実験について一言した。科学的な命題が提示されるまでには、多年にわたり、膨大な量の実験が行はれるが、そこにはそれを規制する様々な手続きがある。コッホの「四原則」にみたとうりである。何でもかでもデタラメに数さえやれば、時に幸運に恵まれ、良い結果につながるなどと、期待したいかもしれない。これをserendipityと言うが、ウェーバーはいう。真剣に必死になって努力するものにしか、そうした「僥倖」は訪れない。当然、こうした実験過程は時期、時間、素材、装置、手続き等について、詳細な記録が残されなければならない。ここが大事だ。これに基づいて、他の科学者たちによって再実験が行われるからだ。そうして、その成果が再生され、ここにその正しさが検証されるのである。かかる検証作業はその成果が重大であるほど、世界中の、一級の科学者たちによって行われよう。小保方氏の不幸はここにあった。彼女の主張は世界の誰によっても再認されなかったのである。 

    こうした検証過程を経て真理(とは言え、暫定的真理)と認められた科学知は、因果法則として提示される限り、それは事象の認識であると同時に、予測を含む。しかもそれが、普遍妥当性を持ったものであれば、その予測は必然的でなければならない。それだけではない。ある原因が特定の結果を必然的に生ずるとすれば、この結果を生じさせるためには、その原因を設定すればよいことになり、ここに認識知は技術へと転化されるのである。ベーコンが「知は力なり」と言ったのは、この意味であったが、本来、科学と技術は別物であって、これが科学技術として一体化されたのは、近代のことであった。知の技術への奉仕はここに始まる。これについては、いずれ別に述べるとして、ここでの問題にケリをつけておきたい。ポパーによれば、認識知と予測知と技術化とは、理屈からすれば、一体化されうるもので、そのどこかで破綻があればその法測的知識は間違っていることになる。

    しかし、ポパーも知るように、そうは問屋が卸さないところが、ムツカシイ。

  • 7月9日・木曜日・連日の雨。ギリシャに端を発し、中国市場荒れる。日本経済の行方は?

    上の事から、言うべきことは色々あるが、第一に指摘しておきたい事は、科学知とは現に生じている事柄のごくごく一部しか知るにすぎない。その意味でこれは、無限の内容を含む現実世界から、これまた無限のモノを切り捨てて得られた、極めて抽象的な知識である。しかもそれは、人間の側からその関心に応じて、対象の一部分を切り取って、それを知ろうとする営みである。だからこれは「人間中心主義」と言はれもするのである。そして、科学の論理がそういう事であれば、科学知はどこまで行っても事象の断片知にすぎない訳であるから、かような断片知をいくら寄せ集め、集合し、そこから一大総合体系知なるものをこしらえ上げても、その総合理論から現に起っている事柄を全体として見通し、予想し、その事柄をコチラノ都合の良い方向に引き寄せることなど、まるで不可能であろう。かつて、カール・メンガーはチラッとそんな事を考えたようだが、この点で彼は理論構成の意味と限界を見そこなったのである。しかも、理論と現実との乖離、その落差の問題に知悉していた彼にして、そうした錯誤に陥ったことからも、この問題の奥深さを教えられるのである。

    さて、かりにもせよ、ソンナ便利な理論が出来れば、人間にとってこれほど幸福なことは、またとあるまい。その時、我々はついに全ての事象を知り、予測し対策が可能になるであろうから、人類は貧困や争いから免れ、地球環境を守り、生命を維持し、もしかしたら不死の身を得るかも知れぬ。それは我々人類が神になるに等しい。現在、目前の株式市場の乱高下、あるいは台風の発生、その進路の予測、地球上に生ずる政治経済の混乱にすら困惑しているこの吾ら人類が、である。

    私は、悪ふざけや冗談から、こんな事を言っているのではない。現在の地球上における我々の振る舞いは、既に常軌を逸しているのではあるまいか。核技術の開発は言うに及ばず、何千メートルもの深海から石油を掘り出し、北極海を溶かし、地球最大のラジエーターと言はれるアマゾンに広がる大森林地帯の開発、そして、いつかはその結果生ずるであろう大災害・大悲惨の数々も、やがて発明される科学技術によって克服されることであろうと夢想したのか、これらの不幸は全て一時的な問題にすぎぬとする姿勢はどうか。ここには目前の利益に眼がくらみ、将来を無視した、現代世界のエゴイズムが剥きだしになっている。この根底には、科学技術にたいする盲目的な信仰、或いはそうあって欲しいという願望があるように思うのである。であれば、一度は科学論について向き合い、その論理を考えなければならないのではないか。

    またもや、回り道をしすぎてしまった。第二に言ってみたい事は、科学の予測とその技術化についてである。これは上でもチョイト触れたが、その仕組みと言うか、その論理の問題である。これは、以下で扱おうとする事に関わりそうだからだ。

    カール・ポパーはどこかで言っていた(言っていなかったら、ゴメンと先に謝る)。科学(ここでは自然科学を言う)の目的は一義的には、自然界で起った事柄の説明である。要するに、なぜそんな事が起ったのかという認識の問題だ。それを、前回言ったように、因果法則として表す。その定式の意味は、他の条件が等しければ、その原因に対しては、常にある結果が生ずるという、両者の必然的な関係を表そうというものだ。その場合、この関係式は、その事象の因果関係を、時と処を超えて、だから普遍妥当的に説明しうるものでなければならない。このように時空をこえて普遍的に妥当する認識を、ムツカシク言うと「法則定立的」と呼び、これを自然科学の認識目標としたのは、ドイツの哲学者・ヴィンデルバンドだった。

    こんなことは、直ちに忘れて宜しいが、次の事は大事だ。言うまでもなく、自然科学はレッキとした経験科学である。であれば、そこでの因果法則は経験によって妥当するかしないか、が常に確かめられることを意味する(突然ながら、疲れたから、コレまで)。

  • 7月3日・金曜日・豪雨。

    さて、前回の論を進める前に、そこで取り残した問題を一、二補足しておきたい。それは、科学の客観性についてである。科学、特に自然科学の成果は、普遍妥当性を持ち、またそうでなければならぬ、と言われる。社会科学では、経済学がそれに最も近い学問である。だから、唯一、ノーベル賞の対象学問になれたのであろう。その成果の客観的な判定が可能だ、とされたものと思う。

    では、この場合の普遍妥当性とは、どう言うことであろうか。分かりやすく言えば、その成果が「真理を欲する万人に妥当する」ことである。普通、科学的成果は「因果法則」として示される。「Aは常にBを結果する」。生じた事柄を、それを生じさせた要素に分解し、その要素間の関係を上記のように、原因と結果の関係式に纏め上げる。ただ、現実の事象はコンナ単純なことではなく、無数の要素が同時に関係し、影響しあっているのだから、とてもじゃないがその作業は困難を極める。実験装置はそうした錯綜した要素群を排除し、調べようとする要素のみを引きだし、その関係を検討するための条件作りと言ったらよい。

    例えばロベルト・コッホ(1843-1910)は結核の発症メカニズムを、こんな風にして確定した。結核に罹患した検体から結核菌を抽出し、これを純粋培養する。ついで、何世代にもわたり継体して飼育され、こうして無菌化された鼠に注入する。その際にも、細心の注意をもって器具その他を滅菌し、他の感染を防止する。21日目にその鼠を解剖して、結核の感染が確認されたら、そこから分離された結核菌を他の検体に感染させ、かつそこから結核菌を抽出できる事。所謂「コッホの四原則」と称する手続きをもって、彼は細菌学を確立したのである。のみならず、彼は多様極まりなく、複雑な症状を呈する結核を結核菌との関連で把握し、診断学からその治療のための道を後世に開くことができたのである。

    これは、人類が現在でも恩恵を受けている医学史上稀に見る一大偉業であった。ここにいたる細菌学の歴史は、興味深いエピソードに尽きないが(メチニコフ『微生物の狩人』)、ここでは彼が、結核の発症を結核菌との関連で捉え、その論理を確定しえた、その異能と刻苦を称えておきたい。彼の眼前にはかのフィルヒョウが立ちはだかり、その前途は決して平坦ではなかったからである。

    ただただ、我が記憶のみにすがって書いた、それゆえ大いに怪しげな上の文章から、私は何が言いたいのか(何かとてつもない道に踏み迷って、とても疲れた。本日はこれまで)。

  • 6月25日・木曜日・晴れ。陽強し。

    今日は、パソコンの前に座ること、早や小一時間。なにを記すべきか、一向に思い浮かばず、大いに弱った。頭の引き出しをアレコレ引っ張りだしてはみたものの、どうも適当な素材がみつからない。そろそろネタ切れになってきたのか。そこで、苦し紛れに、コンナ物を書いてみようと思い立つ。題して「分かる」とは、どう言うことか。自分でも覚束ないことをやっつけようとするのだから、その行方はしれない。その積りで、お付き合いを。

     『広辞苑』はいう。「2、事の筋道がはっきりする。了解される。合点がゆく。理解できる。3、明らかになる。判明する。」その事例として「試験の結果が分かる。犯人が分かる。」があげられている。2と3の「分かる」は、微妙に違う事が、何となく分かる。3では、起っている事柄の経過、結果が明らかになる、という意味になりそうだが、2の場合は、生じた(或いは、ている)事柄の理由、すなはち、因果の繋がり、を了解すると解したい。

    これを歴史に当てはめて言えば、こうなる。生じた事を記述し、物語ること、これが歴史である。だからhistoryはstoryでもあるわけだ。しかし、ここで記述するといっても、生じた事柄をただ闇雲に書き留めることではない。それでは、事がデタラメに書き連ねられただけで、書いた当人でも何を書いたか分かるまい。まずは事を成り立たせている要素、成分を引きだし筋道を立てて書かなければなるまい。まずは時と場所を特定し、ドンナ状況の中で、誰が何を誰とどの様にしたから、この事が起った、といった具合だ。

    しかし、これで事が物語れるか、と言えば、そうはいかない。引き出される要素、成分は、書き手が何を書きたいかによって、まるで異なってくるからだ。同じ事柄を対象にしていながら、全く異なる歴史絵巻が書かれる理由だ。一人のモデルを取り巻いた画学生達のデッサンが夫々違うように。そして、ここで特に言って置きたいことは、書き手を突き動かしてこれを書こうと決意させるのは、それは彼自身の自発的な意思の発露であるということだ。また、そうでなければならない。とすれば、ここでの書き手は、自立した独立人格が前提されている。だからその時、なにか強権的な力、意思が介在するようなことになれば、彼はそれに断固反対し、抵抗する存在でなければならない。そうでなければ、その物語は生じた事がらとは無縁、どころかそうした意思の都合の良いものへと変質しょう。歴史の改竄である。

    上で、私は何か大事なことに触れた。歴史は物語りであり、それはまた書き手の自発性に発し、そうなると、歴史とは彼の書きたい事を、書きたいように書く、という事になる。確かに、そういう事だと、私は思うが、これでは学問としての歴史はどうなるのか。学問とは、自然科学、社会科学、人文科学の何であれ、その成果は誰によっても承認される、ある客観性を有するもの、少なくともそれを目指す営みであるに違いない。現在はその認識において、合意されなくとも、反証と検証を通じて一歩ずつ真理へと近づく営為であると信ずる。そのために歴史学にもそれ固有の方法と規律、要するにディシプリンがあるが、これについてはよしとしよう。ここでは、一点、こう付言しておきたい。以上のように歴史を考えると、同じ出来事、対象も、時代により、関心の推移により常に書き換えられ、見直され、新たな歴史が生まれるということである。

    「分かる」という事を、私なりに分かろうとして、こんな事を書き連ねてきたのだが、本当は、人が分かる、とはどういう事かを考えたかったのである。本日はそのための予備作業という事で――もしかしたら、予備作業でも何でもなかったかも知れない――終わりとしよう。