• 7月20日・月曜日。晴れ。打ち続く豪雨と梅雨寒の後、一転して蒸し暑し。体調の変調を来たし、土日の両日、臥す。本日はパソコンの調子悪く、仕事にならない。よって、資料整理日とするが、机上の新聞紙は山となり、もはや何故これらが残されているか皆目不明で、整理の意味をなさない。いずれ、一括して破棄することになろうか。情けない。

    7月29日・水曜日。雨時どき曇り。コロナ問題については、8月より再開したい。現在、『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』(内務省衛生局編、東洋文庫・大正10年刊・平凡社・令和2年刊)と格闘中である。ほぼ1か月を要する読書であったが、これが以下の叙述に生かされるか否かは、全く不明である。

     

    一昨日、山本寛斎氏の突然の訃報に接し、一驚させられた。氏とは一度だけだが、小一時間ほどの歓談の機会を得、わが心に残る方であっただけに残念である。私が明治大学付属高等学校・中学校の校長の折、NHKで放映された当校の応援団部の活動に感動され、部活を見させてほしいとの事でわざわざ本校まで足を運ばれた時の事であった。飾らぬお人柄と親しみには、その後も何故か折に触れ思い出されたものである。

    不思議なことだが、この一週間ほど前に、何の脈絡もなく同氏の面影がふと脳裏に浮かび、はて、その後どうされているか、と思い出した矢先の事であった。これもまた虫の知らせと言うものなのであろうか。だが、一度きりの関わりしかない方から、そんな知らせを受けるとは妙な話で、根っからの唯物主義者なら、単なる偶然と切り捨てるところであろう。だが、最近の私にはそうも行かない心根があって、なにか現世を超えた世界の存在が気になり出しているからである。それだけ己が生の行く末が見えてきたのであろう。

    あの世の有無は、生きている人間には分からぬことながら、自身の生を律するには在った方がよかろう。かつて本欄で触れたことだが、731部隊に所属していた医官が、自ら関わった当時の陰惨な人体実験を思い出すと、「死が怖い」と涙ながらに訴えた話がある。生前の悪行の報いを、延々と受けなければならないからである。『往生要集』には、そんな地獄の責め苦の凄まじさが山とあるが、こんな事を知れば、尚更である。そして、こうした苦悩を寛解させる力こそ御仏や神のものであろうが、それに縋れるか否かが定かならぬところが、また悩ましいのである。わがこれまでの人生行路の決算もまた…、これは未決定にしておこう。

    寛斎氏の訃報から、思いがけない方へと話が及んだが、最近の我が心底にはこんな思いが潜んでいるのであろう。末尾に当たり、改めてここに、同氏のご冥福を心よりお祈り申し上げる。

  • 7月3日・金曜日。曇り時々雨。前回の文章に手をいれた。前回は粗製乱造の気味があり、情けない。文章は日を置いて推敲してこそ、何とか読めるようになるのだ、こう毎回、思い知らされているのだが。

    7月6日・月曜日。雨。本日はわが喜寿の誕生日なるが、佐藤愛子氏の『90歳。何がめでたい』が、分からなくもない心境である。とは言え、動ける間は、周囲に大いに迷惑をかけながら、ジタバタとやって行きたい。

    7月8日・水曜日。曇り。この所、事務所には来ているのだが、何やかやあって「手紙」は進まない。今日こそ、ケリを付けたい。

    7月10日・金曜日。曇り。前回の文章に手を入れ、多少は輪郭が出てきたか。残りの時間は溜まった資料の整理に充てた。

     

    本書は450頁に及ぶ、かなりの大著である。一名「仕事事典」と名乗るだけあって、プロの物書きの他に、耳にはするが、それら仕事の実際と苦労が如何なるものか、筆者には見当もつかない職業人からの文章が多数掲載されていて、中々面白い。以下はその一例である。製紙会社営業部、ミュージシャン、ライブハウス店員、映画館副支配人、女子プロレスラー、ホストクラブ経営者、葬儀社スタッフ、馬の調教師、水族館職員、舞台人、メディアアーティスト、占星術家と言った面々である。他にも、少女期に大変な苦労を負った中国からの女子留学生による、アルバイト生活の健気な記録もあるが、とてもその一々を紹介することは出来ない。

    以下では、先のソーシャルワーカーとの関連で「ごみ清掃員」の日記の一端を記すにとどめたい。東京在住の男性。43歳の芸人ながら、生活のために清掃員として働く。恐らく、派遣労働者なのであろう。だが、その職務は重大である。「例えば二週間、ごみ回収をおこなわなかったらどうなるだろう。街はごみであふれ、衛生的にも防犯的な面でも壊滅的な現実が待ち受けているだろう」。

    雨の日の作業は、ごみが舞い上がらず、ウィルスが流されると思えば何となく「恵みの雨」にも見えてくる。落ちた箸、散乱するティッシュを拾い集めるにも、恐怖が襲う。「見えないものというのはこんなに怖いのかと初めて知った。しかし怖いからと言ってごみの回収を止める訳にはいかないので、責任感一点で回収を続ける。」家庭からでるごみに紛れた自宅療養の医療破棄物の怖さは格別である。マスクをした作業の息苦しさもこたえる。そんな時には、思わず軍手のままマスクを摘まんだり、雨に濡れた顔を軍手で拭ってしまうことも時にある。「気を付けなければ。誰も責任は取ってくれない。自己責任だ」。

    「殺意を覚える時がある」。分別されないごみには、袋に入ったビンや缶を取り出し、その場に置いていく事になるが、それがまた怖い。「袋を破れば見えないウィルスが飛び出すかもしれないと思いながら破く。…出す方は一本くらいわからないだろうとなんて思いながら可燃ごみに缶を混ぜるが、全ての清掃員は全部わかる」。

    要するに、作業そのものが感染の最中にいるようなものである。だから、清掃員の別れの挨拶が、「また生きて会いましょう」とは、冗談とは言えない真実味があるだけに何とも言えない辛さが募る。しかも彼らの現状は、こうである。関西の清掃員からのメールである。「もしコロナにかかったら、命をかけて働いているのに無収入になる現実はおかしいのではないか…。僕も家族がいてます。この言葉が僕の胸に刺さった」。

    行政経費の削減と民間活力の活性化を錦の御旗として、行政の為すべきすべての業務を民間に任せ、元請業者は下請けにおろし、最終的には、いかなる条件や待遇でも引き受けざるを得ない、生活困窮者にこれらを押し付ける仕組みが出来上がって、もう何年になろうか。しかもここでは、業務に対する「責任感」と誠実さまで要求されながら、確たる保証も無い上、用済みとなれば直ちに切り捨てられる。こんな酷薄な制度が今後も、差しさわりなく存続していけるものなのであろうか。その間に拡大した身分的、経済的な格差と蔑視を思う時、取り換えしの付かない間違いを犯しているように思えてならないのである(この項、終わり)。

  • 7月1日・水曜日。曇り。本日は年後半の初日である。新たな心で立ち向かおう、と意気込むには、国内外を覆う暗雲が巨大に過ぎる。世界のコロナ感染者は1000万人に達し、収束どころか拡大している、とはWHOの警告である。中国、朝鮮半島の政治状況、そして我が国自身のぬぐい難い閉塞感が、これに重なる。こんな時には、CDで上質の落語を聴くのが一番か。

     

    昨日、注文しておいた、気になる本がやっと届いた。左右社編集部編『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』(左右社・2020)である。言うまでもなく、自分の日々の生活は誰かの仕事によって支えられている。だが、それが当たり前すぎて、改めてその事に思いを寄せる、そんな気持ちすら忘れ去って何年になろうか。或いは、その仕事に対してはそれなりの対価を支払っているのだから、それで済んでいる。だから、別段、それ以上の事を考えるまでもない。

    しかし、こんな思いが募れば、筆者もまた、この所見てきたエッセンシャルワーカーに対する、人々の心ない態度と変わらないものになりかねない。イヤ、すでにそうなっているのか。そんなわが心根を見透かしたように、本書の表紙のタイトルを取り巻くようにして付された、「何に対しても私と関係ないって思ったら 終わりじゃん?」との一文が突き刺さる。

    本書の誕生はこうである。この度のコロナ禍は、働き方の変容はまだしも、仕事そのものを消滅させるという、多くの酷い事態をもたらしたが、こうして蒙った仕事上や生活上の危機を、人々は一体どう乗り越えようとしているのであろうか。この事に思い至った左右社編集部は、緊急事態宣言の出された当日、77人の多様な職業の人たちに、そうした日々の最中を記した日記を書いてくれるよう依頼した。それを構成してなったのが本書である。

    それゆえここには有名・無名、また年齢を問わない人々の生の生活が、それを支える仕事の苦悩と共に記されており、期せずして本書は「ひとつの仕事は、誰かの生活につながり、その生活がまた別の人の仕事を支えている。本書は仕事事典であると同時に、緊急事態宣言後の記録であり、働く人のパワーワードが心に刺さる文学作品」ともなり得たのである(「はじめに」)。この一文の中に、筆者は前回、ただ提起したのみで、答えられなかった問題の回答を、一つ見る思いである。如何なる職業であれ、社会につながり、誰かを支えているのである。それ故に貴く、どれも疎かにされてはならない、と(以下次回)。

  • 6月22日・月曜日。雨。今月より週3日の配信を心掛け、秘かに固く決意したものの、早や緩い決意に変わりつつある。来月は、元通りになるやもしれない。理由はネタ切れにあらず、単に疲労である。本日は、6月17日(水)の問題に戻り、それを引き継いで考えたい。

     

    そこでの論旨はこうであった。介護の現場とは、物品ではない、生身の虚弱な、それ故しばしば自分では処理しえない不満と鬱屈を抱える高齢者を対象とし、排泄の処理はじめ、神経と肉体をすり減らす作業の場である。その上、人員不足、多忙、長時間労働、報酬等、あげればきりの無い不満が重なる。仕事の重要性は社会も認めるが、しかし介護職に対する評価は限りなく低い。この事は、介護者当人を目の前にした、利用者たちのあけすけな差別や蔑視の言動からもハッキリしている。そうなったのは、介護職など、誰でも出来る、簡単・単純で低レベルの職務であり、替えは幾らでもあると言う、社会通念に拠るのであろうか。しかし、介護職とは、決してそんな単純労働ではなく、技術や経験に加えて精神的な靭さと成熟を要するタフな職務であることは、すでに見た通りである。

    わが国の高齢者人口は、今後、漸増する一方であることは、各種の統計数値からも明らかである。他方、介護を職業として選択しようとする若者は、それに見合っていない。かくて、両者の乖離は拡大するばかりとなる。しかも、現在すでに介護難民が取りざたされ、その対応は苦しく、やむなく介護離職に追い込まれる人々は、年間、8~10万人になると言われる。だが、その弊害は、経験のある社員を、突然失う企業にとって大きな痛手であるばかりか、離職者としても「経済的・肉体的・精神的な負担」は耐えがたく、社会的な損失は計り難い現状である(酒井穣・リクシス副社長。朝日新聞・6/3・水・11面)。

    であれば、社会や国は、この問題に早急かつ真剣に取り組まざるを得ない段階にあり、差別や蔑視などと言っている場合では、もはや無い。介護職とはかくも重要な職務であり、老々介護の惨状と悲鳴、さらには介護に絡む事件の頻発ぶりを思えば、遅滞は許されるものではない。

    現在のコロナ禍はこうした問題を抉り出したが、しかし同様に差別と蔑視に苦しむ職業は、介護職に限った事では無かった。エッセンシャルワーカーと言われる、社会生活を支える流通・スーパー・交通・土木工事等の、いわばテレワークの出来ない各種の職業についても同様の事が言えるのである。日頃、低賃金、長時間労働を強いられ、経済的・社会的な格差の苦しみに喘ぎ、ようやく日々の生活をやりくりしていた者たちが、コロナ禍によって突然生計の道が絶たれてしまう。その鬱憤が突如爆発してもやむを得ない。これが極端な形で突発したのが、米国社会の問題ではなかったか。日本社会にはそれほどの根深さは、いまだ存在しないのかも知れないが、その胚芽はあると感ずる。

    しかしこの問題以上に、筆者が問いたいのは、社会的な有用性、重要性のあるものだけが評価され、それ以外の、一見すると無益にみえたり、用途の定かならぬものは、打ち捨て、無視して構わないと言う、現代社会の酷薄さである(いや、これは現代に限らず、人間社会に根ざした、太古以来の根源的な酷薄さであるのだろうが)。しかし、この問いは、恐らく、人間存在の在り方に触れる、宗教的、哲学的な問いに触れることになり、これに答えるには、わが脳髄は余りに微弱に過ぎるため、ここではただ問いとして提出するにとどめる他はない(この項終わり)。

  • 6月19日・金曜日。雨。梅雨寒に近い。前回の文章にやや手を入れ、補足した。

     

    本日は、前回に引き続いて、仮題を付すれば「差別されるエッセンシャルワーカー―特に介護職を例にして―」を扱うつもりであったが、急遽、予定を変更し、以下の掲載文に差し替えさせて頂いた。本文書は、25年前の筆者が(当時52歳)、『大学時報』(日本私立大学連盟発行)によせたものである。

    というのも、たまたま、現在、各大学が取り組み、または取り組もうとしているオンライン授業に触発され、昔これに類した文章を草した事を思い出したからである。読み返せば、筆者の考えた事が現実として、眼前に起こっており、その先行きの大学の在り方についても、筆者なりに考え抜いていることに意を強くし、これを供覧に付したく思いいたった次第である。「このオレにも、この程度の透視力はある」、との秘かなる(こう言ってしまえば、秘かでもないのだが)自負の故だが、これは単なるウヌボレニに過ぎないのであろうか(なを、文中の読みにくい箇所はやや訂正した)。

     

    大学時報(1996JAN. No.246)

    情報機器の発達と大学の行方 ― 平成のラダイト運動―  金子光男・明治大学教授

     

    エホバ、人の悪の地に大いなると、其心の思いのすべてはかる所の、恒にただ悪しきのみなるを見たまへり。是に於てエホバ、地の上に人を造りしことを悔いて心に憂へたまへり。エホバ言たまひけるは、我が創りし人を、我、地の面より拭去ん。人より獣(けもの)昆虫(はうもの)天空の鳥にいたるまでほろぼさん。其は我、之を造りしことを悔ればなりと。されどノアはエホバの目のまへに恩を得たり。

     

    一 恐るべしコンピュータの御業

    私は人も知る機械音痴である。しかも、半端ではない。少し複雑なコピー機を前にしてさえ、早胸は高鳴り、数枚の失敗作を重ねずしては、事をなし得ないというほどである。この私がかような論題を扱おうというのであるから、その結末はいかにあいなることか。しかし、臆病者はそれがゆえに、敵手の真の強さを直観的に察知しうるということもあるだろう。ならば、以下に述べる私の妄言も、案外、それなりに事の本質を見抜いたものであるかもしれない。

    現代の情報活動は、一大ブラックボックスと化したコンピュータによって一手に担われていることは、だれでも知っている。当のメカニズムをほとんど知らなくとも、マニュアルを通じてその操作を難なく習得し、多大な成果を上げうるというのは、近代文明の一つの恩恵であろう。コンピュータも確かにその一例であるに違いない。

    いま、その機能をここでの問題にかかわらせて言えば、①分析演算能力、②情報の記憶・蓄積能力、③迅速かつ広範囲な検索能力、であろうか。しかもこれらの能力は、人力をはるかに超えて神にも及ぶかと思えるほどのものである。例えば『往生要集』の著者は、釈尊の認識・分析能力を次のように言って、それをたたえたのである。

    「仮使(たとい)人ありて、恒河(ごうが)(ガンジス川)沙等の世界の、所有の一切の草木を取り、悉く焼いて墨となし、他方の恒河沙等の世界の大海に擲(な)げ置き、百千歳に於て、就いて以て、これを磨(す)りて尽く墨汁とせんも、仏は大海の中より一々の墨の滴を取り、これは某の世界の、かくの如き草木、某の根、某の茎、某の枝、某の条・花・菓・葉等なりと分別し、了知したまふ。またもし人ありて一の毛端に水の一滴を霑(うるお)せるを持ちて、仏の所に来至して、この言を作さく、『敢て滴水を以て、持ちて用て相寄す。後にもし須(もち)ひんときは、当(まさ)に我に還し賜ふべし』と。その時、如来、その滴水を取りて、兢伽(ごうが)(ガンジス川)の河の中に置きたまふに、かの河の流浪、廻澓(えふく)するが為に、旋転せられ、和合し引注して大海に至る。この人、百年を満て已(おわ)りて、仏に白(もう)して言(い)さく、(『先に寄せたてまつりし滴水、今請ふ、我に還したまへ』と。その時、仏、一分の毛端を以て、大海の内に就け、本の水の滴を霑して用てこの人に還したまふ」

    源信に触れる者は、彼の鬼をもひしぐ時の重さと構想の壮大さに、しばし言葉を失わざるを得ないだろう。しかし、彼が神仏の御業のうちにやっとかいま見た事物の識別と抽出能力は、まさにコンピュータの技ではなったか。諸成分の互いに融合した、しかも億単位の年代を経た考古学上の化石を分析し、識別し、また「旋転せられ、和合し引注して大海」をなすデータの海洋から、知らんと欲する対象を寸時に摘出するのも雑作のないことだからだ。いまや人間は、千年の歩みののちに、神かと見まごう能力をわしづかみにした。そのことに、私は真に驚愕する。あと千年、我々はいったいどこヘ行くのだろうか。

     

    二 その大学組織への影響は?

    こうした能力をもつコンピュータが教育研究領域で十全の普及と発展を遂げたとき、そこではいったい何が起こるだろう。ここに参考としうる一つの実例がある。わが国を代表する洗剤会社K社は、光ファイバーを使った効率経営のもと、「工場長は全国一人」「管理職も一工場のみ」という究極の組織簡素化を打ち出した。かような大胆な構想が、我々の分野にも導入実践されうる可能性は十分にありうる、と私は考える。まずは教育分野から。

    その主体は文部省ないしその認可を得た教育産業、第三セクター方式のいずれでもかまわない。規模も効率性と収益性に応じて自由である。だがここでは、規模の経済を考え、K社に倣って全国ネットの教育機関を想定してみよう。

    応募者の資格は現行の大学受験者と同等とし、入学試験はなし。授業はコンピュータ・コテージ(アルビン・トフラー)となった各家庭、自治体の集会所その他に設置された相互交信の可能なコンピュータ機器を通じて行われる。単位はこの機関の課した課題を果たすことで認定され、所定の単位数を取得した者は学位授与機構を介して学卒者となる。もちろん、その後の継続も自由であり、こうして生涯学習、社会人の大学院への道が開かれている。

    カリキュラムは徹底して段階的・体系的であるとともに、全く自由である。というのは、参加者は自らの関心や問題意識に応じて自由な科目選択ができながら、しかしその課題のためには、最低限しかじかの科目を履修すべし、という指示に従うはずだからである。講義は、科目ごとのチームスタッフによって編まれたテキスト、すなわち当代の学問的成果に基づく、平明な入門編から高度な専門分野に至る、十分に練られたテキストによって行われる。

    しかもここでは、自動翻訳機の発達によって、世界の第一級の学者たちの授業も、リアルタイムで聴講できるかもしれない。そして、それらはすべてデジタルビデオテープ化されていて、受講生はいつでもどこでも、コードナンバーを通して望む科目を視聴できるのだ。それゆえ、臨場感も損なわれない。そのうえ、相互交信であるから、疑問・質問・論争等があれば、送信すればよい。質問の種類によっては(その際、核心的・刺激的な質問は公開されるべきである)、あらかじめインプットされている回答が瞬時に与えられ、それ以外はスタッフが後刻、懇切なる答えを送ってよこすだろう。

    これほどのマスプロ教育もあるまいが、それはまた個人授業でもありうる。ことに前者についてはその弊害のみがいわれるが、ここでは違う。全国規模の質問の多様性、及びその開示とアクセスの可能性が、視聴者のみならず、研究者自身に対しても尽きざる刺激をもたらすと思われるからである。

    こうした教育システムのメリットとはなんだろう。入退学の自由や授業科目・時間の自由、低廉な学費(その理由は後述)など、外的条件がまず頭に浮かぶ。しかし、大学教育の眼目である、高度な専門的・体系的知識の教授はどうか。すでに見たように、ここではそれは解決ずみの問題だ。重ねて言うが、受講生の勉学への意欲と努力がありさえすれば(だが、ここでは鮮烈な問題意識の提示と平明な授業がそれらを喚起さえする)、学ぶべき知識の均質かつきめ細かな教授とより高次の段階ヘの移行こそが、その最大の狙いなのである。

    翻って、これらに対する大学の現状はどうか。しばしば、禅問答のような難解、無気力な授業。「教育の自由」の名における乱雑なカリキュラム、それが整えられていても、教師間の意思疎通を欠いた授業では、内容の重複・欠落は不可避であり、また教授法上の落差は覆うべくもない。加えて、教師による評価方法の自由が決定的である。

    かくて、四年間の学生生活はこうなる。やむを得ぬ必修科目はさておき、「安全パイ」「楽勝科目」と評判の高い(?)科目をとって、おあとはクラブ活動やアルバイトに精を出す。ここでは学問的・体系的知識の修得は単なる理念にとどまり、せっかく手に入れた知識もコマ切れとならざるを得ない。

    このことを最も切実に感じているのは、学生自身であるに違いない。だからこそ、少し気骨のある者は、授業には見切りをつけて、だが大学というブランドと籍を確保しながら、専門校通いのダブルスクーリングで各種資格や真の実力を身につけようとするのである。ここに私は、「レジャーランド」とやゆされて久しい、教育機関としての大学の役割とその実態を、深刻にみないわけにはいかない。これがまた、最近の全国的な大学改革の機運と実施を招来した理由なのだろう。

    思想史的に見たユートピアとは、現状批判として位置づけられる。それが基準となって、現状の欠陥をあらわに示すからである。私のささやかなユートピアも、それなりに大学の現状を浮かばせたのではないか。いまは次のひと言を付言しておきたい。かかる幾多の欠陥を抱えた大学にもかかわらず、なぜにこれほど多くの大学と高い進学率を、いまなお確保しうるのか、という問いである。

    ありていに言えば、学卒者に与えられる各種の特権・優遇・資格及び心理的満足である。高卒以下では、優良企業への就職と昇進はおぼつかず、医師・教師等への道は閉ざされ、ときに経済的・身分的差別も甘んぜねばならない。そしてここで決定的なのは、かかる権利と可能性を得られる学卒者として認定し、その資格を付与できる機関は、これまでは大学でしかなかった、という事実である。国家から与えられたこの特権こそが、大学の牙城を、同時に、単位認定の執行者である教師への尊敬と権威(?)を保証する秘密であった。このことを我々は肝に銘じなければならない。

    だが、事態は変わる。いや、変わった。学位授与機構の創設、大学受験者層の激減、一部の優良企業における採用方法の変更、といった客観状勢の変化が、今後、大学名によるよりも、真に学力を有する学卒資格者への需要を増すであろう。また、そうした基準での大学選別が熾烈になろう。そのとき、右に見たコンピュータ教育機関が多くの大学に伍してシェアを伸ばし、駆逐し、全国征覇をなし遂げることがあるかもしれない。それに一歩近づくにつれ、費用は逓減し、魅力は増し、その動きは加速されるだろう。そのとき、これに対抗しうる現行の大学の利点は、唯一、教師や友人たちと直接に接し、あるいは課外活動による様々な体験くらいでしかないかもしれない。「レジャーランド」と皮肉られたそのことが、大学に残された最後の取り柄、とはなんとも哀れ。

    こんなことを、断じて許してはならない。我々の職場のため、といった冗談ごとではない。わが国の将来のためにである。教育の一元化・画一化が政治勢力や経済的利害に利用されるならば、途方もないことになるからだ。そこにはこうした危険性が十分にある。これを阻止するためにも、批判勢力としての多様な大学が生存し続けなければなるまい。同時にそれが、学問の進歩の絶対的な条件でもあることは、改めて言うまでもない。では、かような事態が研究領域ではどのような影響を及ぼすか、を以下において考えてみよう。

     

    三 研究活動について

    しっかりした教育システムに支えられて、身につけるべき能力を取得した者がコンピュータを駆使して研究に打ち込めば、そこでは限りない可能性と成果が達せられることだろう。いまではインターネットによって、日本はおろか世界中どこでも、しかも数秒にして相互交信が可能な時代である。さらにここでも、精度の高い自動翻訳機の威力は絶大だ。おそらく、研究者は英語に習熟してさえいれば、さほどの困難はないのではないか。かくて彼らは、極めて鮮度の高い問題とデータを容易に入手しうる。

    従来の研究では、データと参考文献の取得は、極論すれば運しだいであった。たまたま所属した大学・研究所が充実した資・史科や蔵書を擁していたり、あるいは偶然手にした文献から必要文献を教えられ、しかもそれらを手に入れられるかに応じて、ある程度研究の質は決まった、と言っても過言ではない。特に文系の研究はそうであった。

    だが、このような研究手法は、もはや文系にあってさえ、過去のものになるだろう。読むべきデータや文献の検索・収集は組織的・網羅的にならざるを得ない。いまや、それは知らなかった、手に入らなかった、ではすまされない。コンピュータがそれを可能にするからだ。むしろここで問われるのは、かかるデータの過剰から、本質的・核心的と思われるものを選別・分析し、新たな解釈を加えて加工し、そこから問われるべき問題を再構成するといった、真に独創的な研究者としての資質であり、能力である。とは言え、今後はいかなる傑作も一層短命たらざるを得ないのだが。

    さて、一つのユートピアが現状を逆照射して、これを批判する、とはここでも妥当する。かつてアカデミズムという言葉は、大学の知性とそのゆえの権威を象徴する言葉であった。しかし私にはそれは、中世の教会権力が神へのとりなしと、その秘法を一手に担うがゆえに保持されていたと同様、ある時期の大学もまた、唯一の知的研究機関として、研究の手段・方法を独占し、また潤沢な資金と人材を手にし得たことによるものと思われる。例えば、医者と患者、弁護士と依頼人の関係を考えてみよ。このことから、知的独占がいかに重要な意味をもちうるかは、ただちに明らかであるに違いない。

    しかしながら現在は大学が唯一の研究機関である時代ではない。公的・私的な研究・調査機関が恵まれた客観条件のもと、優れた人材を糾合し、第一級の研究成果を上げていることは、周知の事実である。例えば、経済学ではキャンパスエコノミストに対して、官庁エコノミスト、各種研究調査機関のエコノミストたちの経済分析・予測がとりざたされ、あるいは彼らが一級の大学人として迎え入れられている事実が、アカデミズムに対する彼らの実力を如実に示してもいる。またおそらく、二昔前ならば営利や実践には直接結びつかない、理論的・基礎的研究こそ大学の使命である、という主張にもそれなりの説得力があり得たであろう。だが、はたして現在、こう主張しうる大学はどれほどあろうか。

    さらに情報の発達は、先にも見たように、知的成果の世界的レベルでの公開性・共有化をなし遂げ、しかももはや、巨大な装置・機関をもたない一私人が、知ろうとする情報を簡単に入手し、さらに発信する時代である。ますます研究は大学から離れ、かつ競合する時代となった。

    近年、どこの大学でも情報教育に余念がない。このように懸命になって、コンピュータ操作に精通した人材を社会に送り出すことは、マルクスのひそみに倣えば、自らが大学組織の「墓掘り人」を育成しているのかもしれない。かくて、教育においても研究においても、我らが大学はしだいに追いつめられ、大胆な組織改革を余儀なくされざるを得ないだろう。結果として現在、かまびすしい論議の対象とされている例の「教員任用制」も、事実の圧力によってなし遂げられるかもしれない。こうして、かつて隆盛を誇った者どもが、次々に時代のやみに葬られたのと同様、我々もまた、早晩消え行く運命なのか。そのとき、エホバによみせられたノアのように、救済される大学はいかほどの数になろうか。それはいかなる大学なのだろうか。

     

    四 そして、終わりは………

    夕やみ迫るみぞれ模様の街路は、傘も持たない初老の男や女たちであふれていた。彼らの風体はよく見ると、みすぼらしくはあったが、肉体労働者のそれではなく、どことなくきゃしゃで弱々しかった。しかし、その額や目もとには、かつて何かを学んだ者としての品の名残が漂い、それとは対照的に、口元は卑しくひね曲がり、それが彼らの現在の苦境を明らかに物語っていた。

    「あのころはよかった。だれもがわしに敬意を払ってくれたものだ。いまじゃ、うまい酒も飲めやしない」

    こんな会話があちこちで交わされていた。が、そのとき、突如大声でわめく者があった。

    「コンピュータだ! ヤツのせいだ!」

    「そうだ!  そうだ!」

    とこれに呼応する声があった。とともに、そこここにたむろしていた群集に一つの意思が宿り、密集し、隊伍をなして歩き始めた。初めはだらしなかったその歩みは、しだいに力強く、凶暴性を帯びていった。この隊列のまっただ中で、悪鬼のごとき形相をした、痩身の一人の男がこぶしを振り拳げ、声を限りに、

    「ヤツを殺せ! たたき壊せ!」と叫んでいるのが見えた。突然、大映しにされたその顔に、どこか見覚えのあるヤツだ、と思わずみつめたところ、

    「なんだ、おれだ!」と思った一瞬、

    「あなた、時間ですよ」に目が覚めた。

    願わくば、正夢ならぬことを。