2022年8月29日,9月02日

8月29日・月曜日。曇り。

9月2日・金曜日。雨。

 

承前。2012年から臨床衛生検査技師会の会長職にあった宮島氏は、それなりの基盤を持つ候補者と見込まれたのか、元参院議長で、同じく臨床検査技師出身の伊達忠一氏(
清話会)から‛16年の参院選(比例区)への出馬を打診された。前回13年の参院選比例の当選ラインは7万7千票、その前の10年では10.8万票であった。これを受け、宮島陣営は日臨技プラス他の関連団体を合わせて10万票の獲得を目指すが、これではまだ当確には届かないとみた陣営は、さらなる上積みを必要とした。そこに、先の伊達氏から公示の直前、「党の支援団体の票をもらってきた」との一報が入る。団体名は「世界平和連合」なる旧統一教会系の団体と知り「戸惑う」が、「上がつけてくれた団体ですから、もうあとには引けません」とは、陣営幹部の言葉であった。

同氏が戸惑ったとは、当団体の危うさをすでに知っていたからであろう。それゆえ「教団側の支援が公になる」のを防ぎ、この関係を「陣営幹部のみが知るトップシークレット」としたのである。選挙までの支援の段取りは、陣営幹部と団体担当者との間で進められ、同氏はその後、全国遊説の日程に合わせて用意されたおよそ数十人規模の集会に出向く。その数、十数回であった。それはただ、宮島氏の自己紹介をかねた支持のお願いと、司会者による「みんなで応援しましょう」の呼びかけ、拍手で終わるような集会であった。

これが、一般的な教団の選挙運動である限り、自民党に対する教団からの政治的・政策的影響は皆無であり、教団との関係は党の政策を支持する単なる選挙応援にとどまるはずである。とすれば、党は政治的には教団から完全に独立し、両者間にはなんら政治的な問題は無い。それゆえ、「何が問題なのかまったく分からない」と言い放った前政調会長の言葉や党首脳の当初の対応は、当然の結果であったのだろう。しかし、であれば、党や各政治家は原理との関係を、何故に公にできないのか。このできない理由は、自民党ばかりか、国民は誰でもよく知っているからである。

では、宮島氏の選挙結果はどうであったか。次の一言が、すべてを語る。「平和連合はボランティアで宮島氏の支持を訴える数万通のはがきの郵送を手伝い、ビラも配布した。宮島氏は12万2千票余りを得て当選。陣営幹部は、日臨技の組織票が3万~3万5千票、関連団体が2万票で、「教団表は6万~7万票あったと思う」と分析する。「教団の力は、正直すごいなと思った」と語る。当選後、宮島氏は清話会に入会した」。そして、当選後の氏は、「皆さんのおかげで当選させていただいた」お礼の挨拶をかね、全国各地の集会に赴き、教団の歴史や趣旨の理解を深めたようである。

時は巡り、今夏の参院選の改選期となった。宮島氏は、昨年11月、党の公認を得、再出馬の態勢は整った。折しも、6年前、同氏に出馬を勧めた伊達氏からも選挙に向けて安倍氏との面会を指示された。この1月、その日を迎えて、こう切り出す。選挙への態勢は整ったものの、少し厳しい。平和連合の支援を念頭に、前回と同様「応援票を回していただけませんか」。安倍氏の返事は芳しからず、選挙も迫る3月、再度同氏を訪ねると、「6年間国会議員をやってきたのだから、自分で頑張れないか」と告げられた。教団票は望めないと察し、また基礎票の日臨技の支援は、慌ただしいコロナ対応を理由に難色を示された。かくて宮島氏は出馬を辞退せざるを得なくなった。同氏に代わって平和連合の支持を得たのは、安倍氏の元首相秘書官・井上義行氏のようである。氏は3年前の参院選では落選したが、今回は16万5千票を獲て、目出度く当選。選挙後、井上氏は政策に賛同を得られたため教団の「賛同会員」となり、「平和連合は「政策が一致するため応援した」としている」(この項、終わり)。


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