2016年4月26日

4月26日・火曜日。晴れ。ゴールデンウィーク目前。

本日、休載。前回の文章、大幅に手直しのため。次週は休日とし、「生と死」についてはゴールデンウィーク明けから継続したい。皆様、良い休暇を。

2016年4月22日

4月22日・金曜日、晴れ、やや蒸し暑し。九州一円の地震いまだ収まらず。

本日は急遽予定を変更し、このたびの地震によって浮き上がった原発問題について一言したい。これもまた、私にとって一大重要事だからであるが、同時に読者諸氏のご意見を伺いたいからでもある。

地震の経過は、ここで触れる必要はあるまい。地震発生以来すでに一週間を経て、震度一以上の余震は800回を越えた。これによる地層の損傷が甚大であろう事は、専門家ならずとも推測できる。さらに、これまで知られていなかった活断層も浮きあがり、それらが次々活性化して、地震の広がりは熊本から福岡、大分に及んだ。それが中央構造線と称する大断層に繋がる恐れも皆無ではないようであり、そうなれば伊方原発を擁する四国を貫通し、事が起これば被害の広域性と深刻さは予想もつかない。列島は突如、奥深い大地の底から伸びてきた巨大な魔手に捉えられ、振回されているような不気味さである。これまでわれわれは、本震後の地震の揺れは漸減すると教えられ、だからそれを余震、揺り返し、と呼んで区別してきた。そして、それらはいずれ収束するものと信じてきた。しかし、この度の地震は違った。本震が間をおかずに二度発生し、震源も別である。気象庁によれば、こうした地震の例は記録に無いらしい。であるからか、今日のニュースでは、揺れはやや収まってきているが、今後の推移は不明で、十分気をつけられたし、と結ばれている。これ以上に言いようも無いのであろうが、何をドウ気をつけたら良いのだろう。要するに、気象庁も地震学者達も、地底に住まう巨人の挙措については、ほとんど知るところはない。われわれはこの度、この事を再び思い知らされたのである(誤解しないで頂きたい。私は現在の地震学を貶めようとする積もりは全く無い。複雑な事象の予測については、他の学問も似たようなもので、学問の限界についてはこれまでも本欄で繰り返し触れてきた通りである)。

このような事実を眼前にして原子力規制委員会は、今何を言っているか。川内原発について「科学的根拠がなければ、国民や政治家が止めてほしいと言ってもそうするつもりはない」(田中俊一委員長談・毎日新聞4月19日・朝刊)。ここで言う科学的根拠とは、こうらしい。今回の川内原発の地震動は最大8.6ガルにすぎず、他方で川内の設定基準値は620ガルとしており、よって「今は安全性に問題はない」。しかも、この断層帯の全体が動いて最大の地震(M8.1)を起こそうと、その地振動は150ガルであり、限界値までには十分余裕がある。

このような数値は、いかにももっともらしい。では伺う。福島の津波の予想は科学的根拠を持たなかったのか。そうではあるまい。それなりの根拠により10メートルと予想したのであろう。が、実際には17メートルであり、だから想定外であったとされた。だが、予想はあくまで予想にすぎず、この数値だから安全とはならない。人間の認識は起こった事象を基に理論を組み立てるほかは無く、全くの未知については予想の仕様も無いのである。だが自然は人知を超えたレベルで生じうることを、福島は教えたのではなかったか。また、これまで我々は、原発は何段もの防御手段に守られ、絶対に安全な装置である。それ故、破壊、損傷後の廃炉を含めた一連の技術、装備の研究、開発と対策は不要である、とまで言われてきた。ここでの規制委の物言いはこれと全く同じであり、もう一つの「安全神話」の復活である。

先ず、言いたい。「地振動は150ガル」とは、誰が決めたのか。現在の地震学では、今回の地震の帰趨、規模、破壊力、その広がり等について不明だと言っているではないか。ならば、福島のようにそれ以上になる可能性は排除されない。また620ガルの耐震性を持つとされる川内原発に、実際、それだけの能力があると証明されたのか。実験数値と実際の事象とにはしばしば落差のあるのは、実験科学の常識であろう。

宜しい。事が言われている通りであるとしよう。しかし、原発は本体装置とは別に無数の補助装置からなり、それらが一体となり、間違いなく作動して初めて無事故でいられる。福島では津波により補助電源が奪われ、ために冷却水の蒸発により核燃料のメルトダウンを来たした。ならばM8.1の地震に対し、川内ではこれら補助装置が一糸乱れず完全に機能すると言い切れるのか(ここでの問題はそれに留まらない。福島の事故は津波対策を怠った事にされているが、事故現場の検証が出来ない現在、真相は不明であると言う。津波襲来以前に、すでに地震によってメルトダウンを来たしたとの疑いは残っている。とすれば津波対策だけでは不十分なのである。と言うよりも、地震列島のわが国には原発は不向きだとの指摘もある)。

さて、規制委はこの度、殊更、科学的根拠を持ち出すが、高浜原発(福井県)の扱いは科学的なのであろうか。ご承知のように、「40年ルール」がある。稼動後40年を越える原発は老朽原発として廃炉にすると決められているものの、基準を満たせば一回に限り20年の延長が認められる(これ自体がご都合主義的なルールであるが、今は問わない)。高浜の場合、この基準の適合判断を仰ぐためには、関西電力は今年7月7日までに「詳細な設計を定めた工事計画の認可」を得なければならないところ、期限までに間に合わないため、規制委は例えば「蒸気発生器など1次冷却設備がどの程度の揺れまで耐えられるか」の確認手続きを期限後でも良いことにしたと言う。事故ともなれば、大惨事になる原発の扱いとしては、いかにもいい加減すぎる。常軌を逸した、と言わずに何と言うべきか。

他にも一千キロを越えるケーブルの難燃化の対策問題があるが、いずれにせよ、こうして高浜は運転延長の可能性が出てきた。規制委によれば「法的問題はない」からだそうだ(毎日・4月21日・朝刊)。まるで事故は法律に則して、その範囲内でのみ発生するかのようではないか。ここでの対応は、原発稼動を大前提とし、その場合には法律をたてに事故の危険を後回しにするが、停止の懇請に対しては「科学的根拠」を言い立てる。規制委は「安全神話」に依拠して自らの基準を都合よく使っているようにしか見えないが、これで委員会としての責任を果たしたと言えるのか。過日のJapan Timesに、この度の地震に対して世界から、川内をただちに停止すべきとの多くの声、批判が寄せられている、との記事があったことを最後に付しておく。

2016年4月15日

4月15日・金曜日、晴天、風強し。

本書は、女性ジャーナリスト、ベリート・ヘデビューが大胆にも敢行した友人ための「自殺幇助」事件の叙述をもって、幕は開く。1978年9月のことである。これ以前、彼女はすでに、末期癌によって死に至るまで責苛まれた母親の「不必要な苦痛」を目の当たりにしていた。この時、ヘデビューにとって、死はようやく訪れる苦痛の「解放者」であった。だから、彼女は書いた。人は誰もが「自分の死を自分で決める権利」を持つべきであり、「それは人間の自由と権利の問題である」として、そのような「死への幇助を欲する旨の宣言書」を書くことができなければならぬ。

数年後、彼女は再び同じ状況に立ち会わされる。同僚(44歳)が多発性硬化症(脳・脊髄・神経系の病気。難病指定)に冒されたのである。彼は彼女に自殺幇助を強く懇請し、彼女はこれを請けいれ、手ずから致死量の薬剤を注入し、死に至らしめた。自殺幇助はスエーデンでは犯罪ではないようだが、それでも彼女は最高裁の判決により、結局、一年の禁固刑に服すことになる。薬剤注入が殺人罪を構成するからであった。

これらについて、彼女には罪の意識は勿論、悔恨もない。むしろ、これを機に巻き起こった自殺幇助、安楽死の論争に積極的に参戦し、ジャーナリストとしての戦いを展開していく。かたわら、死への権利の確立を目指す行動グループを結成し、この運動を通して世論の喚起と社会のより深い思索、医療のあり方に甚大な影響を及ぼす事になるのである(なお、彼女は1981年5月に来日し、わが国の「安楽死」問題に一石を投じたようである)。