• 3月26日・木曜日・晴。

    元に戻って、亀甲会の書芸展では、これも書か、という印象であった。もっとも、ここでは漢字の元となる、あるいはその成立直前の絵図と文字のいまだ未分化の象形文字が素材であるから、普通の書展とは趣を異にするのは当然である。これらを読み解き、鑑賞する素養のない者にとっては、書というより絵画にちかく(普通の書展でも、それは同じであろうが)、大小様々な用紙に刻された多様な墨痕、墨線の掠れ、捻りが描く形象に勝手なイメージを重ねて、分からぬながらも感心した顔つきをする他はなかった。それでも加藤氏の三十代半ばにものされたと言う作品には、書全体が孕む躍動、作者の息遣いが感ぜられ、それらが迫って、なるほどここには確かに一つの世界が宿る。この魔に魅入られたヒトがあっても不思議にあらず、と了解した次第だ。だが、私にとって特に興味深かったのは、そうした美的世界ではなく、図案や象形がそこに込められた意味と共にその後の漢字へと転生する過程が垣間見られたことである。白川静の世界に別の道から踏み入った感があった。

    この項を終えるについて、一つ蛇足を付しておきたい。私にはついに亀甲会の魅力は分からず仕舞いであったものの、だから本会はツマラン、などと言う積りは毛頭ない。そんな不遜なことを言える資格のある者は誰もいない。あってはならない。だが、ある文化的、宗教的基準を設け、それに及ばぬ分野、領域、作品等々を「下らん」(この語の謂れは、江戸期、京の朝廷から江戸に何物かを下賜されるとき、「下る」と言い、そうでないツマラヌ物は「下らん」とされた事による、とは先日読んだ小説に教えられた)として排除する社会は、どの時代、どの国にもあったこと、現在でもそれは無縁ではない。いかに自由な社会といえども、油断をすれば、アッと言う間にそんな社会になってしまいかねない。戦前のわが国の極端な愛国主義、排外主義の潮流を思い起こせば、それは明らかであろう。

    私は将棋が好きだ。好きだから好き、と言うほかはない(と言って、最近、その情熱は大分落ちてきているのだが)。この感情を頼りに、何故そんな物にウツツを抜かすか、その理由は皆目ながら、他者のそんな気持ちを忖度し、理解は出来る。コイツにとって、これは命にも等しく、コレあるがために、生きていられるのでもあろう。それからすれば、仕事は其れを支える、稼ぎにすぎぬ。職務を恙なく果たせるなら、それで良いではないか。こんな風に、社会が人々の楽しみ、喜びを最大限認め、許し、許容できるようであって欲しい、と切に祈る。そのような社会が持続し、強固に守られてあるなら、何故、遮二無二経済発展をし続けなければならないのだろうか。

  • 3月18日・水曜日。うす曇り。

    「遊び」こそイノチ、仕事はこれを支えるカネ蔓だ、と言って憚らぬ人にたいし、現代の評価はまだまだ厳しいのではなかろうか。「これは仕事だ、遊びじゃない」といった言葉を思い出すまでもなかろう。ソンナ人は会社での出世を早々に諦めるほかはあるまい。刻苦勉励、勤労精神に支えられて、一気に近代国家を造り上げたわが国にあっては、特にそうした心情は根強いのだと思う。また、列強の植民地化を免れようとすれば、必死にならざるをえなかった歴史的な事情もあった。だが、我が日本人は、常にこんなシャッチョコ張った二宮尊徳翁ばかりではなかったようだ。これについては江戸期における、武士から町民までの、今から見れば羨ましいばかりの安穏とした暮らしぶりを、だからもはや再び帰らぬ「面影」として詩情豊かに描いた渡辺京二『逝きし世の面影』を是非読まれたい。

    「遊び」には、いい加減、チャランポランの意味が絡みつき、そこから何かマイナスのイメージが出てくる。「遊び人」となると、これはもう決定的である。正業を持たず、ひたすらヒトの懐を当にし、日がな一日遊び呆けるようなヒトの意となる。『日本国語大辞典』には、遊びとは、4、からかったり、もてあそんだりする対象。おもちゃ。5、賭け事や酒色にふけること。遊里、料亭などで楽しむこと。6、仕事や勉強の合い間の休憩。7、しまりのないこと。たるみ。8生活上の仕事などにあくせくしないで、自分のしたいことを楽しむこと。他に、機械のあそび。

    これに対して、playにはもっと積極的な意味が込められている(ドイツ語のspielenも同じ)。例えば、こうだ。2、競技する。3、演奏する。4、芝居や上演をする。役を演じる。5、行動する。6、(動物などが)飛び回る。(光や影・風などが)ゆらぐ、ちらつく。(噴水・光などが)噴出す、飛び出す、等々である(『新英和大事典』より)。

    このように比較をしてみると、彼我の遊びのイメージには、かなりの落差があるようにみえるが、どうか。我々の場合、仕事が主であり、遊びは仕事の合間の息抜き、だからその時間には決まった目的もなければ、やるべき事もなし。その揚句はせいぜい遊里にでも足を運んで賭け事、酒色にふけり、よく言えば、明日の仕事のためのエイキ、どんなエイキかはともかく、を養うばかりということになろう。その故だろうか、わが国の文化論では、ホイジンガやカイヨワに見るような遊び考は生まれず、遊び場、クイモノ屋の案内、旅マップめいた物の氾濫になったのか。だが、人生いまや80,90年の時代である。仕事を退いた残りの時間が格段に増えた己が人生を、そんな事で送れるものだろうか。そんなことで、果たして充実した生になるのであろうか。なおここで、大河内一男『余暇のすすめ』について一言すれば、本書は恐らく、社会科学の立場から初めて余暇を本格的に扱った名著とは思うが、だがこれとてもその署名が示しているように、仕事の合間に残った「余暇」時間の善用が主題であって、その限り仕事に従属させられた「余暇」を問題とし、ここで扱った遊び考には及んでいない。

  • 3月12日・木曜日・快晴。

    昨日、春のそよ風に誘われた訳でもないが、上野の森美術館に出かけてみた。知り合いが書を出展し、その案内状を送ってくれたからである。主催は亀甲会(パソコンではトテモ打てない込み入ったカメとカイである)。頂戴したパンフレットによれば、「甲骨・金文を主題とした書芸術展」とある。主宰は加藤光峰氏なる私には初めて知るお名前であった。

    甲骨文とは、亀甲、獣骨に刻まれた文字を言い、殷代の占いの記録で、漢字の最古の形を示す、とは日本国語大辞典の説明である。金文は、これも殷・周代の古銅器に彫られた銘文とある。亀甲会はと言うより、主宰の加藤氏は、若き日、この古代文字が宿す呪術的な力に触発されたか、捉えられたのであろう、そこに潜む美的世界を現代に蘇らそうと心血を注いで、すでに半世紀を越えられた。くだんの知人他総勢23,4名の会員たちも、この魔界の美と魅力に取付かれてしまったのであろうか。例えば、わが知人は定年までの4年を惜しげもなく切り捨て、この世界に飛び込み、苦しみと挑戦に明け暮れる創作にはつき物の魔と戦いながら、実に充実した日々を過しているとの由である。

    この言を耳にし、尽くづく思い起こすことがあった。ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』(遊ぶ人間)の世界である。彼によれば、我々の言う仕事のほとんどは「遊び」からの分枝であり、遊びは決して不真面目、真剣さに欠ける領域ではない。遊びは神事とのかかわりの中で、それぞれの分野を開き、またそれを洗練させてきた。祈りは詩歌、音楽、器楽誕生の温床になったであろうし、舞踊もそうだ。収穫の感謝と祈りは、初穂の奉納の儀式と共に神酒や多様な食の饗応の場でもあった。相撲にみるように、武芸や格闘の試合も神への奉納と共に大きな楽しみの領域であったのは言うまでもない。このように、ホイジンガは「遊ビノ相ノ許二」文化全般の発祥、発展を概観したのである。ここでは「遊び」は、仕事以上の真剣さでもって扱われたのだ。彼のこの文化論は「遊び」を初めて真面目な考察すべき対象として取り上げたという意味で特筆されうる功績であったと、カイヨワは評価したのである(本日はここまでとし、あと一回続く)。

  • 3月4日・水曜日・晴。花芽やや膨らむ。

    前回の文章の末尾は、書いた本人にとってもよく分からない。ならば、読み手はもっと分かるまい。あんな文になったのは、パソコンと3、4時間ほどの格闘の末、私はモウ疲労困憊。一刻も早く解放されたいとの思いに駆られたのであろう。さりとて、中途で投げ出すわけにもいかず、ともかく結論を急いだことがある。だが、最大の理由は私にも分からない領域で、なにやらエラソウナ事を言いたかったからかもしれない。それはともかく、前文をもう少し補足して、意のあるものにしたいという気になった。その結果はさらなる迷妄の闇に踏み入ることになるやも知れぬが、あと1回だけお付き合いを。

    「価値の普遍性」あるいは「普遍的価値」という言葉が難しい。だがこの言葉の哲学的な釈義はどうでもよろしい。ただ、ここで私のイメージしたのは、こんな風な事であった。例えば『地下生活者の手記』を読む者は、その主人公とまったく同一の、これはアイツだ、といえる人物を思い浮かべることはできまい。しかし彼に似た小心で、やたら自尊心だけが強く、傷つくことを恐れ、だから地下室に潜り込んでだれ彼構わず呪っていそうな、そんな人ならすぐさま思いつくだろう。しかもその指先が次第に自分の鼻ズラに向かってくる気配に襲われ、ギョッとさせられるかもしれない。事実、この作品をとうして、私はツマラン事と分かりながら争うわが卑小さと見栄、自分ではドウにも始末に負えない心情や恥辱を容赦なく明るみに引き出された思いに駆られた。誠に情けない次第であった。だがしかし、他方で、人間とはこのような存在なのだ。お前だけではない、と諭されたような気にもなる。にも拘らずこうして自分は許されて生きているのだ。ならば、他者に対してもそうでありたい。読後の直後は、確かにソンナ健気な気持ちを持ったと思う。本作品の成立契機は、合理的な社会建設を目指そうとする思想潮流に反し、人間の非合理を突きつけようとする意図に発したと言はれているようだが、そんな文学史的な経緯と説明などまるで知らなくとも、その意味は十分味わうことができる。こうして本作品は、とくに現代の市民社会に住まう人間の本質を見事に抉ったものとして、私は評価するのである。

    このように、一つの具体像を介して、ある場合には何処にも存在しない虚構を通じて人類全体に敷衍し、共感を喚起するのは、文学だけの特権ではない。絵画。ここではたった一個の事物、人物、風景が描かれながら、その具象の向こう側にある美その物を抽出させる。これを鑑賞する者は、しばしば画家の絵筆があまりに見事に対象を写し取る筆力に感嘆し、それに捉われ「マルで本物のようだ」「生き写しだ」と嘆声をあげるが、それはドウもちがう。これでは画家を褒めたことにはならないらしい。画家の努力は具象に寄りかかりながら、まだ見ぬ新たな美その物を現出させようとしているようなのだ。そこに写真と絵画との違いがあるという。ただ正直に告白しよう。このようなレベルで絵を見たことは、私は一度もない。残念ながら、それほどの鑑識力、審美眼は持ち合わせてはいない、と(ここまで来たら、音楽についても一言あるべきだが、これは絵画以上に我が感性の彼岸のことゆえ、割愛のほかはない)。

    どうであろう。以上の拙文で、前回の文章の意は、少しは満たされたであろうか(この項、ホントに終わり)。

  • 2月26日・木曜日・雨。

    この件について、もう一点補足して置こう。今回の事件は政府にとって政治的に失うべきものはなにもなかった。むしろ、得るところの多い事案であった。つまり、その取り組みは、断固としており、その後の世論調査に見るように、国民に安心感を与えることができた。しかも、後藤氏の生還に成功しておれば、内閣の支持率はいやがうえにも上昇したはずである。残念ながら、それは叶わなかったが、それは理不尽極まりない相手のゆえであった。それゆえ、国として今後はこのようなテロ組織の台頭を許さず、またその撲滅をめざし、世界諸国と協力して世界平和の実現に邁進していきたい。こうした政治アピールを国民や世界にむけて発信することが出来たのである。

    以上が、私の言う「政治と個」の問題である。政治とは徹底して全体であり、その意味で統計である。その事は、政治の主たる領分が立法行為にあることからも明だ。法の多くはすでに社会に生じた多様な矛盾、困難、不都合の除去を目指して、遅滞なく行政権の行使を可能にするために、制定されるものだとおもう。とすれば、除去されるべき事案が、その放置によって社会不安、延いては社会制度を危険に落とし込むか、あるいは社会の発展を阻害するほどに蔓延していなければなるまい。その意味で法行為は基本的に消極的な性質を帯びるといいたい。立法とは社会事象の後追を主とするようにしか見えないからだ(ただし、日本国憲法はこの点で刮目すべき意味があると言われる。これにより、全く新しい、理想的な国家建設を目指そうとしたからである。法工学と言う言葉を聞かされたような気がするが、要するにこれも同じ主旨のことであろう。だが、これらの問題はすでに我が能力をはるかに越え出たことでもあり、ここで打ち止め)。

    前々回、個の問題は文学や宗教の領域に属する、と私は言った。人の生活は社会的であるほかないが、しかし彼の幸・不幸はマッタク彼本人のものである。経済学や社会学の理論によってその幸・不幸のよって来る理由を説明されても、最終的に得心するか否かは彼の問題である。彼の生活は、そんな社会理論の枠を超え、様々に受け取られ、意味づけられて、彼一個の人生となろう。そこには彼だけの悲喜こもごもが詰まっているのである。

    この時、彼の人生は孤立し、孤独でもあろう。多くはそうに違いない。語ろうとも誰にも理解されず、かえって馬鹿にされ、嗤われるのがオチともなれば、絶望、孤独感はさらに募る。そうした人生の一場面を切り取り、「実は私の生活はこうだった」と誰かが告白し、それが自分のそれとは完全に一致しないにせよ、心情において触れ合い、理解できるカケラでもあれば、その人は慰められることだろう。文学や宗教の始まりは、このようなものではないか。宗教の謂れは、まずは目の前の自分の幸・不幸の理由を知り、ついで自分の生きている社会の成立やこの社会を包む世界の淵源から、ついには「人は何処から何処へ行くのか」を理解したいという、人間の本源にある欲求に始まったと聞いたことがある。こうした事を聞き知ることで、彼、彼女は今ある自分の生活、人生上の問題を理解しようとするのであろう。そうして己の不満、不幸、憤懣を解決しようとするのである。心の騒ぎ、激流を静めたいのである。

    私は文学、宗教の始まりをこんな風に理解している。それが本当にソウなのか、ドウなのかは知らない。でも、コウだとすれば、そのいずれも徹底して個に向き合おうとするものである、という私の言いたいことはお分かりであろう。

    だが、である。このように個に向き合った文学作品が、なぜ他者との共感を得られるのだろう。自叙伝を考えよう。そこで述べられていることは、まさに彼本人のことでしかない。彼にのみ当てはまることである。読み手とは、時代も処も違う人のことである。だが、共感とは、普通、ある種の類似性、共通性がなければ、成立するものではあるまい。してみると、それは場所や時代、地位や貧富、性差と言った(それがとても大事であることを否定しないが)事柄にまつわる外的な特性は、必ずしも重要事でないことになる。そうした事柄を全て取り除いてなお残らざるを得ない、人間本性の共通性に訴えてくるからだ、と言う他はない。それが今見たように、外的なことでないとすれば、そこには心の中の、しかも時代や場所を超越した森羅万象、喜怒哀楽、真理や価値観に訴える何物かがあるからなのだろう。私はここで、確かに困惑している。これをドウ命名してよいものやら、見当がつかないからだ。それでも、参考のために、ドイツのある哲学者にならって「価値の普遍性」という一語をふしておこう。言い古された言葉であろうが、名作とは他の一切の類比を峻拒した、どこまでも個性的、独一的な内容でありながら、同時にいつの時代、どの国民にも受け入れられる、普遍性を持った作品であるに違いない(この項終了)。