• 3月14日・木曜日。晴れ。但し寒の戻りか、やや冷える。

     

    当社が地産地消にカジを切ったのは2010年のことである。提案者は斎藤正美専務であるが、彼にはキヌヤに迫る二つの危機が見えていた。当地に進出する大手スーパーやドラックストアのディスカウント攻勢に対抗して生き残るための戦略と「地域経済の疲弊」である。

    キヌヤの「販売エリアは農村地帯だが、高齢化した小規模農家が多く、後継者がいる農家は少ない。農家が立ち行かなくなり、よって立つ地域経済が地盤沈下すれば、地元スーパーも成り立たない」。ではどうする。地元産品の比重を高めて農業の活性化を図ることだと思い立ち、社長の領家康元に訴えた。「地産地消を進めれば地域に金が回るようになる。そうすれば顧客である農家を支え、大手との差別化も図れる。キヌヤのファンも増やせます」。

    社長の即決、了承のもと、プロジェクトは動き出す。先ずは農産物や製品の納入を了承する協力農家、加工食品会社の開拓に努め、いまや協力会員は801会員を数える。事はそれに止まらない。キヌヤは持ち込まれたものをただ商品として販売するばかりか、生産者と共同して独自商品の開発に乗り出すのである。これはストア(仕入れて、並べおくだけの商売)からショップ(ストアの他に、仕入れ品を加工し付加価値を付けて販売する商店)(矢作前掲書250頁)への転成である。「益田市内にあるメイプル牧場の生乳だけを使った牛乳は9年前に誕生。搾ったばかりの牛乳が加工の翌日には店頭に並ぶ新鮮さが受け、今や年間5千万円を売り上げる。7年前には益田市産大豆100%の豆腐を発売、年約830万円を売るヒット商品に。ほかにも島根県産ブドウでつくるワインなどが生まれている。」かくて、キヌヤに支えられて定住につながる農家は多いとの称賛の声が上がるのも当然であろう。

    経済活動は先ずは、域内での食料や生活必需品の生産・販売・消費を通して次第に活性化し、成長して資本主義経済の基礎を築いたとは、経済史の教えるところであるが、以上はそのプロセスを改めて見せつけるものではなかろうか(以下次回)。

  • 3月8日・金曜日。晴れ。前回の文章に多少手を入れた。

     

    では、地域の経済はドウ組み立てられ、住民生活は維持されるのか。ここに参考となる一つの記事がある(朝日新聞・2019/2/20・水・朝刊)。主役は益田市に本社を置くスーパー「キヌヤ」(島根県)である。当社は「地産地消 店も客も潤す」をモットーとし、食品スーパーの特等席とも言うべき店頭に「地のもんひろば」を設け、「その朝、地元で収穫された白菜やホウレンソウ、大根などの新鮮な野菜や果物,生花」が販売される。これは県中西部及び萩市(山口県)に展開する21店舗のすべてで実践される方針である。

    こうして売り上げられる地元産の全売上高に占める比率は、昨年度、16.3%であり、金額にして約21億6千万円におよぶ(その内、野菜30.4%、精肉26.1%という)。これは実に驚嘆すべき成果と言わざるを得ない。当市の藤山 浩「持続可能な地域社会総合研究所」所長は言う。「年間18億円近くを仕入れ代として地元に還元し、新たな雇用も創出し、地域内の経済循環を促すエンジンになっている。地産地消の比率は、力を入れる地方スーパーでも一桁。キヌヤは突出している」。実際、今年度の地元産売り上げ比は17%台を見込み、キヌヤはさらに上を目指す。社長の領家は意気軒高である。「まだ道半ば。次は20%をめざします」(以下次回)。

  • 3月5日・火曜日。晴れ。ほぼ10日ぶりにパソコンに触れる。その間、卒業式、会議他と多忙であり、やや体調の変調をきたす。これは毎年のことで覚悟の上だが、今年は堪える。残念ナリ。

     

    医療を譬えにしたこの案は、教育体制についても言えることである。連合体の中心都市には国内最高水準の教育・研究機関を設置する。だがそれは、東京大学のような全分野においてトップを目指すそうした発想とは違う。もはや定かならぬ記憶だが、留学先のフライブルク大学の指導教授が語った言葉が思い出される。「金子、ドイツでは全てがトップと言う大学はない。海洋学はキール、法律学はベルリン、社会学はカールスルーエ、わがフライブルクは森林学だ。東大のような大学は存在しない。」この通りの内容であったかもはや覚束ないが、基本的な考え方は捉えていると思うし、そして現在でもその基本線は維持されているのではないか。つまり、ドイツの大学は地域的、歴史的な特性と結ばれ合って発展し、相互に連結していると言っておきたい。

    一大学が全分野においてトップを占め、そこから全国に向けて必要な人材を送り出す「配電盤」(司馬遼太郎)のごとき教育・研究機関の存在は、国家の中央集権化と統治にとって確かに効率的であったろう。もっとも日本全国に人材を配送するには、東大一校では間に合わず、その後京都以下8帝大が設立されるが、東大を頂点とするピラミッドは揺るがず、中央官庁の人事からも明らかなように、それは今に続く。そして、そこで実践される教育・研究とは、森有礼の発令した「学校令」(1886)が明示する通り、「国家ノ須要二応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攷究」することであり、この限り学問・研究は国家にとって必須かつ有益な科目群であり、学問は統治の手段でしかなかったのである。

    この事は初代東大総長・渡邊洪基の次の発言に凝縮されていよう。「何の学科を問わず、人間の幸福安全を捗らすの用具に過ぎず。如何なる高妙の理論と雖も、経済上の益なきものは其功なき者と云て可なるべし」(泉 三郎編『岩倉使節団の群像 日本近代化のパイオニア』ミネルヴァ書房2019、131頁)。近代化を急ぐ明治国家の焦りを見る思いだが、しかしここにはアリストテレスに見られる人文主義的な知への憧憬は微塵もない。同時にそれは、国内の地域性、多様性に対する興味や関心も見られない。ここにあるのは、国家を一元的に支配しようとする暴力的な意志のみである。

    確かに現憲法では92条―95条において地方自治の章が設けられ、自治の自律性が謳われているが、その実情はそう誇れたものではあるまい。と言うのも、財政問題一つをとっても、地方政府は国からの交付税や国庫支出金を通じて中央政府に牛耳られているとは、しばしば識者の指摘するところである(三木義一『日本の税金』岩波新書2018)。ここでは特に、次の一文を引いておこう。「日本の地方自治は、多くの仕事…をして公共サービスを提供しているにもかかわらず」、自治体には何をなすべきかの決定権がなく、国から決められた仕事をする他ないことから、「地域で多様に暮らす人たちが生活を画一的な公共サービスにむりやり合わせなければならなくなる」ために、住民の真の必要は満たされず、となれば「日々の生活にゆとりも豊かさも実感できなくなる」(神野直彦『財政の仕組みがわかる本』岩波ジュニア新書135-6頁)のである。かくて自治体の現状は明らかであろう(以下次回)。

  • 2月22日・金曜日。晴れ。年度末を迎えて、理事会の仕事はいよいよ多端。評議委員会での予算審議と決定、その準備、次年度の事業方針決定等の課題に加えて、大学、付属校の卒業式・入学式の挙行(総計11の式典である)が折り重なる。それらはいずれも、心に残る意義深いものでなければならない。これらの業務のため、本欄はしばし休載の事もあろう。御寛恕を請う。

     

    以上から引き出される結論は、一つしかない。先ず、スプロール化に歯止めを掛け、市圏を縮小することである。その規模は当市の置かれた事情、つまり人口、自然環境、周辺都市との関連、市域内の産業、交通、歴史・文化等によって多様であろうが、それらを包括して当市の行政的・財政的能力に応じて決定されるであろう。ここで大事なことは、経済成長と右肩上がりの成長を前提とした都市造りからの決別である。

    この考え方は、いまや珍しくもなくなったコンパクトシティーと称される構想に沿う。市中心部には議会・市役所を初め警察、医療・教育機関等を配するが、特に医療・教育機関は他市との連合体を前提に、相互に補完し合えるような機能と水準のものとし、何が何でも他市に負けない地域最高の機関である必要はない。それらは、かかる市域連合体のより中心都市に任せる。医療は連合体の全病院が一体となって行うものとし、データは共有され、大抵の病気は中央病院他と繋がった町の医院でコンピュータ診断、治療で済まされる。難病、重篤な病人は速やかに市域の然るべき医療機関へと搬送される。そのための交通体系は、ヘリコプター、ドローンを含めた包括的なものとなろう(以下次回)。

  • 2月20日・水曜日。晴れ。寒気緩む。わが体調はやや回復するも、依然、不安定である。大学業務の無い折は、週2日の出社を維持し、ブログ更新を目指したいが、ままならぬは誠に残念。

     

    以上を踏まえて、市の再生をドウ描くか。ここに私は、ようやく述べるべき論題に達した。だが、予め申し上げれば、その要点は、これまた矢作前掲書においてほとんど尽くされているのである。筆者が昨年正月、この問題を取り上げ、私なりの解決策として思い描いた対策は、すでに矢作氏によって示されていたのである。だから昨年末、本書を読んだ折、オレと同じだと、私はかなり興奮したが、と同時にナンだ答えはもう出ている、とあっけない思いを味わった。それだから、これでオシマイと言う訳にはいかない。氏と重なる部分があろうと、私の「社会のたたみ方」を提示しておこう。

    ここでの我が出発点、関心は、詰まるところこうであった。わが国の大方の町や市街は四方に拡散し、人家の途切れた辺りが町の終わりで、大都市圏ではそんな市街の連続が果てしもない。だが、そのような市中では、人口縮小の流れを受けて、多くの空き家、空き地が放置され、それが街の機能や景観を損なう。それどころか、それはしばしば生活の場の劣化であり、高齢化が加わって市域荒廃の度はさらに進む。また、伸びきった市街地の果てに住まう住民の生活にはライフラインは不可欠であるが、これを維持する行政の負担は、特に財政力の弱い市にとってはもはや座視しえないまでに来ている。さらに、山間部の地域の場合、住民の自力ではもはや維持しえない状況である。たしかに都市のスプロール現象(無秩序な市街地形成と拡大)が言われて久しく、無論、それはわが国固有の都市現象ではないが、人口減少に直面するわが国の場合、その齎す弊害は一層深刻であろう。この問題をどう脱却するか、これが私の問題となった(以下次回)。