• 5月17日・金曜日。晴れ。今週前半は大学業務に忙殺され、本日、漸く早稲田に出社。やや疲労気味。例によって、前回の文章をやや手直しした。

    5月22日・水曜日。晴れ。明日より暑さはさらに募るとの予報あり。

     

    これまで本欄で取り上げたイサカ市はじめ様々な事例から分かるように、「住みたい街」造りは、必ずしも地域の広さや人口規模に捉われる必要はないと言いたい。

    だが、経済至上主義に立って、経済発展が無ければ住民生活は成り立たない、とこのように考えるとどうか。ここでは、市圏の拡大と人口増を前提に工場誘致を図り、またそのための土地の確保、各種のインフラ整備が不可欠で、それに応じた自然環境の破壊は免れない。しばしばそれは、もはや現況回復が不可能なほどのものとなろう。しかもそうして出来上がった産業地域は、規模の大小を問わず、時々の経済状況に左右され、行政は常にその維持や発展を目指した政策を取らざるを得ず、この限り市行政の独立性は損なわれる。にも拘らず、事業体の撤退やら破綻ともなれば、生活基盤の喪失と失業だけが残されよう。企業城下町の危うさはそこにある。そして、地域の疲弊の第一は、そうした連鎖の中で、青年層の都市への流失にあったのではなかったか。

    しかも、このような経済発展を第一義とした社会は、住民自身の生活や暮らしにとって決して幸福なものになり得ないと言う主張が、最近、さらに強まって来ているように思われる。S.バルトリーニ著・中野佳裕訳『幸せのマニフェスト 消費社会から関係の豊かな社会へ』(コモンズ・2018)はその一例である(以下次回)。

  • 4月26日・金曜日。曇り時々雨。やや冷える。明日より、国民の祝日としては前代未聞の10連休が始まる。「令和」の時代目前。「令」とは「ひざまずき神意に耳を傾ける」意という。そこで令には、清々しくも美しい感覚を呼び起こす意味が込められていると共に、他方で神の意に従うことから指令とか命令の意味を孕む。願わくは、新時代が「美しくも調和」ある時代であらん事を。

    5月2日・木曜日。晴れ。令和元年、二日。平成天皇は、国民統合の象徴としての天皇の在り様を皇后と共に考え、それを具体化し、国民に指し示した。それが国民に寄り添い、わが国はじめ世界平和への祈りであった。お二方の30年に及ぶご努力は時と共に一層の輝きを増すであろう。

    5月8日・火曜日。晴れ。風爽やか。

     

    以下は再び、ウォーカー『住みたい街を自分でつくる』(3月26日)の項に接続するが、しかしもはやその再現を目指してはいない。すでに、これまでの文章によって彼女の意図が形を変えて示されているからである。ただしここで、ウォーカーたちがつくって来た「住みたい街」は、どのような地域と環境の中にあり、また歴史を負っていたかについては一言しておかなければならない。

    舞台は米国北西部ニューヨーク州中部・トムキンズ郡の一市イサカである。カユガ湖南端に位置し、3つの丘陵地に広がる新宿区(18.23㎢)よりやや狭い15.7㎢の土地に、3万人が暮らす。当然アップダウンの多い、それだけに豊かな水流が湖・渓流・滝と姿を変えて変化に富んだ自然を形づくり、そうした自然環境の中にコーネル大学、イサカ大学を擁する学園都市でもある。

    当地にも勿論、ヨーロッパ人たち入植者が入る以前には、自然と共に生きてきた先住民、ここではイロコイ族の生活があった。彼らの生活が入植者たちに及ぼした影響力は、イサカ市のその後にとって、それ以上に米国の建国にとって逸することの出来ない意味を持った。

    すでにイロコイ族は、それぞれ女系で繋がる6部族に分かれていたが、それらは互いを尊重し、各部族の自立性を認めながら平等の部族連合体として統治する手法を編み出していた。そこでは、「自然界とともに生き、誰とも平和に暮らしていくという価値観を、いつも思い出させてください」という祈りの言葉通りの生活が目指された。

    このような価値観や統治手法に大きな感銘を受けたのは、後に合衆国の建国に尽力するベンジャミン・フランクリン(1706-1790)である。彼はイロコイ族との親交の中から、彼らの精神と原理を学び取り、ここに後の「ユナイテッド・ステイツ」という革新的なアイデアに思い至ったと言う(14-17頁)。フランクリンは言う。「シックスネーションは賢い人たちの集まりだ、だから、彼らの協議会に耳を傾け、われわれのこどもたちにも、それに従うように教えよう」。

    であるとすれば、イサカのその後の歩みが、根底において女性を含めた人々の自由と平等の統治観を忘れず、さらには自然と共に生き抜く価値観に支えられて、今に至ったと言えよう。歴史の及ぼす影響力、規制力がいかなるものであるかを、改めて考えさせる話ではないか(以下次回)。

  • 4月12日・金曜日。曇り。山間部には雪が舞い、季節外れの花冷えは続く。なお本日は疲労のため、前便に一段落分を加筆して、終了とする。

    4月19日・金曜日。晴れ。本日は予定を変え、朝日新聞(朝刊・4/17/水)から街づくりの興味深い試みを紹介したい。

    4月23日・火曜日。晴れ。本日、中野学園の理事会終了後、事務所に立ち寄る。本日中に何とか前回の文章を仕上げたい。

     

    「30年後の街 発想は模型から」と題する記事は、街づくりを考えようとするものにとっては、実に啓発的である。現在内閣府は、各自治体が今後の街づくりの指針なり参考になりうるようなマニュアル作りを進めているが、そこには「19年にわたって北九州市の民間団体が提言し続けてきた「思想」」が生かされている。のみならず、当団体はマニュアル作りそれ自体のヒントをも提示したという。岡本久人会長率いる「次世代システム研究会」(八幡東区)がそれである。

    本欄でもしばしば、人口減少と共に上下水道、道路等のインフラ施設のほか拡大した市域の問題が、現在すでに多くの自治体にとって行政的にも財政的にも大きな負担となり、結局、街全体の再整備―ここでは「社会のたたみ方」として提案しようとするのだが―が不可欠になっている、と言ってきたが、30年後というかなり長期の時間軸を取って、この問題を考える点が参考になる。一気に30年後に飛ぶことによって、現に目の前にある都市景観や交通網から解放され、またこれを無視して、自由な発想で30年後の街の全体像を構想し、そのために取るべき今後の方向性や街区の策定等が展望されるからである。

    事の次第はこうだ。先ず、研究会の基本「思想」は「ストック型社会」、すなわち「住宅やインフラを長寿命化し、何世代も使える」ような街づくりを目指すという考え方である。耐用年数の短命な構造物では造っては壊すの繰り返しで、せっかくの資金は他に回せず、そして次世代も同じ問題を免れない。これでは結局、ゆとりある社会の到来は望めない。であればこそ、ストック型社会の建設が説かれるわけだが、その意義はこれに留まらない。岡本会長は言う。「人口減少も資源問題もSDGs(持続可能な開発目標)も、多くの課題はストック型の考え方で解決する。将来の課題に対応できるよう、マニュアルも活用して今から街や地域を再設計することが大事だ」。

    では、「街や地域」はドウ再設計されるのであろうか。そこで活かされるのが、「都市模型」である。まず、当該地域の地形・人口減少地区・自然災害の予測地や範囲を重ね合わせた地図を作成し、これを基に都市の各施設や住宅区域等をどう配分するかと言った議論を進める。その結果は3Dプリンターによって立体化された「都市模型」に再現される。

    人口6.5万人を擁する八幡東区の場合は、150センチ四方の模型(縮尺2千分の1)が造られ、それを前にして10代から70代の市民たちが3日間の議論に明け暮れた。参加した70代の男性の感想を引こう。「私たちの世代は今の延長線上で考えがち。若い人の発想に学ぶことが多かった」。

    その意味は次の発言から伺えよう。「坂は急だが、眺めがいいから高級住宅街に出来るかも」「この場所は、風がよく通るから畑に変えてはどうかな」。こうして街を大きく変える発想が相次ぎ、不便な山間地域が果樹園に代わり、雑木林を備えた住宅地が誕生し、果ては「住まいは所有権から利用権が主流になる」との注目すべき意見まで飛び出した。

    このような将来像は参加学生の心をシッカリ捉えたようだ。「大学卒業後は都会で生活したいと思っていた。でも八幡東区が生まれ変わっているなら、もう一度戻って生活したい」。大都市の生活がすべてではない。小なりと言えど、住むに快適で、心地よい生活の場であれば、人は自ら選んで住み着くものだと教えられる話ではないか。

  • 4月2日・火曜日。晴れのち曇り。花の便りが人の心を慰める日々であるが、ワシントンDC、ポトマック河畔の満開とそこに集う人々の喜びの報は、日本人にとっても格別である。1909年、東京市長尾崎幸雄の贈る2千本の桜を引き継ぎ(病害虫により全滅との由)、3年後の1912年、改めて贈られた3100本のソメイヨシノが根付き、今に至る。日米友好の象徴である。一人の発想が掛け替えのない大きな絆をつくる。

    4月9日・火曜日。晴れ。寒の戻りか、この2,3日、泠風来り、ために花締まる。孫娘、無事3年生に進級し、先ずは安堵。この先いかな嵐が待ち受けているやら。ただし本人は、今の所いたって天真爛漫である。

     

    大都市圏に依存しないと言う意味で自立した、しかも持続可能な街とはどのようなものであり、それはドウ建設されるか。この問いに、前掲書は実際の取り組みを通してその回答を示している。本書においてわれわれがまず読み取り、そして覚悟すべき第一は、経済の右肩上がりの成長路線からの決別であり、自然環境に出来るだけ負荷をかけないような経済社会システムの建設である。それは日常生活における自足の心を養い、結局、幸福や生きることの意味を問い直すことにつながる営みである。

    このような考え方は最近になって初めて浮き上がってきたものでは無い。すでに宗教は二千年も以前にこれを説いてきたが、イギリス産業革命を経(1760~1830年にかけて紡績機の改良に端を発した産業社会の諸変革)、19世紀後半には、科学技術の発展が自然支配と無限進歩の観念を一層促進するに至って、そうした抑制的な考え方は背後に退いた。

    例えばシュテファン・ツヴァイクのこんな感嘆はどうだろう。街路に煌めく電灯、遠方の人々との電話、馬のひかない車の疾駆、空中の飛翔は、彼にとってイカロスの夢の実現と思われた。こうして、人々の「間断の無い進歩への信仰」は「聖書」以上のものとなった。だからであろう、ジーメンスは1886年、科学者会議の席上、科学の「真理の光」こそ人類を困窮や不治の病から救出し、生活の楽しみをまし、かくて人間の「存在をより高みへと引き上げるに違いない」との確信を表明できたのである。すなわち、19世紀後半に開花した科学技術の発明と進歩は、人々にすべての問題を一挙に解決しうるとの期待を持たせ、自らを神へと近づける手段を手にしたと思わせたのであった。

    今にして思えば、高々電灯や電話、車や飛行機ごときでこれほどの楽観、自惚れを持てた事に呆れるが、ともあれ、そんな社会情勢の最中でJ・S・ミルが経済社会の進歩・発展ではなく、静止状滞の到来を予言し、しかも充実した生活のあり得ることを宣言していたことに注目したい。

    彼は一方で、未発達な諸国の経済発展を承認しながら、先進国における過度な利益追求を否定し、そうした情熱、努力は科学探求や芸術的研鑽等に注いで、自らの精神生活の充足を目指すべきことを主張した。これが説かれたのは、1848年刊行の『経済学原理』であるが、と言うことは、英国民はこの時点での経済力で十分な生活を送れる、と彼は見ていたのである。なお、これとの関連であろうが、生活に対する自然環境の意義深さを見逃さず、今日のナショナルトラスト(自然・歴史環境の保護・保全の制度、運動)に思想的先鞭をつけたのも彼であった。

    だが現実の社会生活はそれほど悠長なものではなかった。当時、マルクス、エンゲルスは共著で『共産党宣言』(1848)を出版するほどに、英国他ヨーロッパ列国では資本と労働の対立は激化していた。パリ、ベルリン、ウィーンへと革命の火の手が広がった。こうした状況を目の当たりにして、ミルは労働運動や各種の社会主義思想に共感しつつ、自身は自由主義的社会を擁護し、経済格差の問題を分配論の視点から解答しようとする。残念ながら、この難問は現在、グローバル化の最中にあって、益々、深刻さを増しているのであるが。

    ここで私が言いたかった事は、要するに我々は今や自らの生活のどこかで、進歩・発展に歯止めを掛ける必要に迫られているのではないのか。もはや、地球資源・環境から見ても、先にみたような無限進歩を夢見るほど楽観的ではあり得ない状況にあると思うからである(以下次回)。

  • 3月22日・金曜日。晴れのち曇り。一気に春めき、昨日、東京でも開花宣言あり。

    3月26日・火曜日。晴れ。本日、明治大学の卒業式(武道館にて)であった。例年、約9千名の卒業生と御両親等合わせて、優に2万人を超える列席者が見込まれ、よって式典は午前・午後と2回行われる。今年も3階席まで埋め尽くされる盛況であった。卒業生はもとより、親御さんの4年間のご苦労を思えば、大学は精一杯の式典を用意しなければならない。

    本日、下記の文章を作ってみたが、いかにも読みにくいため、後日大幅に書き改めたい。ただ、この1週間怠けていたわけではなく、仕事をしたという証として、これを発信する。

     

    これまで小国町(北海道)、金沢市、益田市等の事例に触れながら、地域社会の再生の取り組みを探ってきたが、以下ではそれらをもう少しまとまった形で捉え直してみたい。その手掛かりを、リズ・ウォーカー著、三輪妙子訳『住みたい街を自分でつくる―ニューヨーク州イサカの医療・食農・省エネ住宅』(築地書館 2017)に求めたい。

    本書は、序章と終章をはさんで12章からなり、240頁という読むに手ごろな、また筆者には実に啓発的な書であった。以下ではその全てを紹介するという分けにはいかず、その大枠を示す事で満足しなければならない。よってここでは先ず、目次とそこで扱われている内容の小見出しを適宜掲げて、本書の概要を示しておこう。

    序章・「もう一つの世界は可能だ」。新しい世界観/住むのに最適な街/ニューヨーク州イサカ。1章・イサカの歴史―先住民から学ぶこと。ツテロの民の記念の灯火を燃やす/偉大なる平和の法/イロコイの米国政府への影響/イロコイ女性19世紀のフェミニストを動かす/国連平和サミット/失われた故郷を取り戻す。2章・食と農―地産地消のシステム作り。イサカのファーマーズ・マーケットがうまくいっている理由/地元のものを買う―グリーンスター生協/地域支援農業/すべての人に健康な食べ物を/エコビッレジの地産地消活動。3章・燃費のいい家―省エネ住宅と自然エネルギー―。ソーラーの中心地/エコビッレジ・イサカのソーラー共同住宅/農村地域での実践―エネルギー自立した町/ブラックオーク風力発電。4章・暮らしやすい街―賢い土地利用と新しい交通手段。ついに脱・自動車―自転車に乗る/カーシェアリング/土地利用の仕方と環境問題/エコな街づくり/公共の交通機関があり、すべてが徒歩圏内の街/革新的な土地利用―イサカコモンズ。

    5章・仕事―地域で仕事をつくり、経済がまわる。地域経済への移行/誰でも経済的に自立できる―オルタナティブ信用組合/地元優先プロジェクト/すべての人に環境に配慮した仕事を/持続可能な労働力。6章・学ぶ―持続可能な未来のための教育。イサカ大学とエコビッレジ・イサカの協同(以下略)。7章・地域メディア―映画・演劇・ニュース・ラジオ・書店(本章略)。8章・地域医療―すべての人が健康で幸福になる方法。地域向けヘルスケアを提供する―イサカ健康組合/食と健康をつなぐ/気持ちよく死んでいくこと/コミュニティーの健康度。9章・自然の成り立ち―湖・森・川と天然ガス開発。天然ガス採掘による水質の汚染/森林をどう利用するか/自然保護区域/森の街/私たちの自然遺産を守る。

    10章・ゴミゼロ―ゴミを黄金に変える。エコビッレジでの、破棄物への統合された取り組み/黒い黄金―堆肥化する/都市と農村の栄養循環―鶏プロジェクト/企業のゴミ減量―再生ビジネス・パートナーズ/環境にやさしい買い物。11章・文化の変革―他地域とのつながり・自然葬(他)。愛は境界がないことを知っている/森に還る―自然葬。12章・お祭り―イサカのフェスティバルと芸術。科学と芸術の出会い―冬のフェスティバル/良い芸術は、良いビジネスになる/地元生まれの創造性/持続可能な文化。終章・実践のために。持続可能な未来のためのグリーンな集合開発/持続可能な未来を選ぶ。

     

    目次を要約するだけでも大変な分量になった。これでも刈り込んで摘記したつもりであるが、私自身これを読み直す気力はない。しかし、ざっと眼を通すだけでも、本書の主張がどの点にあるかは見当が着くのではなかろうか。地域の自然環境を守り、それに寄り添いながら、これをできるだけ生かし、自立した街づくりを目指したい。それがまた、人々の住みたい街になると言う考え方であろう(以下次回)。