• 4月2日・火曜日。晴れのち曇り。花の便りが人の心を慰める日々であるが、ワシントンDC、ポトマック河畔の満開とそこに集う人々の喜びの報は、日本人にとっても格別である。1909年、東京市長尾崎幸雄の贈る2千本の桜を引き継ぎ(病害虫により全滅との由)、3年後の1912年、改めて贈られた3100本のソメイヨシノが根付き、今に至る。日米友好の象徴である。一人の発想が掛け替えのない大きな絆をつくる。

    4月9日・火曜日。晴れ。寒の戻りか、この2,3日、泠風来り、ために花締まる。孫娘、無事3年生に進級し、先ずは安堵。この先いかな嵐が待ち受けているやら。ただし本人は、今の所いたって天真爛漫である。

     

    大都市圏に依存しないと言う意味で自立した、しかも持続可能な街とはどのようなものであり、それはドウ建設されるか。この問いに、前掲書は実際の取り組みを通してその回答を示している。本書においてわれわれがまず読み取り、そして覚悟すべき第一は、経済の右肩上がりの成長路線からの決別であり、自然環境に出来るだけ負荷をかけないような経済社会システムの建設である。それは日常生活における自足の心を養い、結局、幸福や生きることの意味を問い直すことにつながる営みである。

    このような考え方は最近になって初めて浮き上がってきたものでは無い。すでに宗教は二千年も以前にこれを説いてきたが、イギリス産業革命を経(1760~1830年にかけて紡績機の改良に端を発した産業社会の諸変革)、19世紀後半には、科学技術の発展が自然支配と無限進歩の観念を一層促進するに至って、そうした抑制的な考え方は背後に退いた。

    例えばシュテファン・ツヴァイクのこんな感嘆はどうだろう。街路に煌めく電灯、遠方の人々との電話、馬のひかない車の疾駆、空中の飛翔は、彼にとってイカロスの夢の実現と思われた。こうして、人々の「間断の無い進歩への信仰」は「聖書」以上のものとなった。だからであろう、ジーメンスは1886年、科学者会議の席上、科学の「真理の光」こそ人類を困窮や不治の病から救出し、生活の楽しみをまし、かくて人間の「存在をより高みへと引き上げるに違いない」との確信を表明できたのである。すなわち、19世紀後半に開花した科学技術の発明と進歩は、人々にすべての問題を一挙に解決しうるとの期待を持たせ、自らを神へと近づける手段を手にしたと思わせたのであった。

    今にして思えば、高々電灯や電話、車や飛行機ごときでこれほどの楽観、自惚れを持てた事に呆れるが、ともあれ、そんな社会情勢の最中でJ・S・ミルが経済社会の進歩・発展ではなく、静止状滞の到来を予言し、しかも充実した生活のあり得ることを宣言していたことに注目したい。

    彼は一方で、未発達な諸国の経済発展を承認しながら、先進国における過度な利益追求を否定し、そうした情熱、努力は科学探求や芸術的研鑽等に注いで、自らの精神生活の充足を目指すべきことを主張した。これが説かれたのは、1848年刊行の『経済学原理』であるが、と言うことは、英国民はこの時点での経済力で十分な生活を送れる、と彼は見ていたのである。なお、これとの関連であろうが、生活に対する自然環境の意義深さを見逃さず、今日のナショナルトラスト(自然・歴史環境の保護・保全の制度、運動)に思想的先鞭をつけたのも彼であった。

    だが現実の社会生活はそれほど悠長なものではなかった。当時、マルクス、エンゲルスは共著で『共産党宣言』(1848)を出版するほどに、英国他ヨーロッパ列国では資本と労働の対立は激化していた。パリ、ベルリン、ウィーンへと革命の火の手が広がった。こうした状況を目の当たりにして、ミルは労働運動や各種の社会主義思想に共感しつつ、自身は自由主義的社会を擁護し、経済格差の問題を分配論の視点から解答しようとする。残念ながら、この難問は現在、グローバル化の最中にあって、益々、深刻さを増しているのであるが。

    ここで私が言いたかった事は、要するに我々は今や自らの生活のどこかで、進歩・発展に歯止めを掛ける必要に迫られているのではないのか。もはや、地球資源・環境から見ても、先にみたような無限進歩を夢見るほど楽観的ではあり得ない状況にあると思うからである(以下次回)。

  • 3月22日・金曜日。晴れのち曇り。一気に春めき、昨日、東京でも開花宣言あり。

    3月26日・火曜日。晴れ。本日、明治大学の卒業式(武道館にて)であった。例年、約9千名の卒業生と御両親等合わせて、優に2万人を超える列席者が見込まれ、よって式典は午前・午後と2回行われる。今年も3階席まで埋め尽くされる盛況であった。卒業生はもとより、親御さんの4年間のご苦労を思えば、大学は精一杯の式典を用意しなければならない。

    本日、下記の文章を作ってみたが、いかにも読みにくいため、後日大幅に書き改めたい。ただ、この1週間怠けていたわけではなく、仕事をしたという証として、これを発信する。

     

    これまで小国町(北海道)、金沢市、益田市等の事例に触れながら、地域社会の再生の取り組みを探ってきたが、以下ではそれらをもう少しまとまった形で捉え直してみたい。その手掛かりを、リズ・ウォーカー著、三輪妙子訳『住みたい街を自分でつくる―ニューヨーク州イサカの医療・食農・省エネ住宅』(築地書館 2017)に求めたい。

    本書は、序章と終章をはさんで12章からなり、240頁という読むに手ごろな、また筆者には実に啓発的な書であった。以下ではその全てを紹介するという分けにはいかず、その大枠を示す事で満足しなければならない。よってここでは先ず、目次とそこで扱われている内容の小見出しを適宜掲げて、本書の概要を示しておこう。

    序章・「もう一つの世界は可能だ」。新しい世界観/住むのに最適な街/ニューヨーク州イサカ。1章・イサカの歴史―先住民から学ぶこと。ツテロの民の記念の灯火を燃やす/偉大なる平和の法/イロコイの米国政府への影響/イロコイ女性19世紀のフェミニストを動かす/国連平和サミット/失われた故郷を取り戻す。2章・食と農―地産地消のシステム作り。イサカのファーマーズ・マーケットがうまくいっている理由/地元のものを買う―グリーンスター生協/地域支援農業/すべての人に健康な食べ物を/エコビッレジの地産地消活動。3章・燃費のいい家―省エネ住宅と自然エネルギー―。ソーラーの中心地/エコビッレジ・イサカのソーラー共同住宅/農村地域での実践―エネルギー自立した町/ブラックオーク風力発電。4章・暮らしやすい街―賢い土地利用と新しい交通手段。ついに脱・自動車―自転車に乗る/カーシェアリング/土地利用の仕方と環境問題/エコな街づくり/公共の交通機関があり、すべてが徒歩圏内の街/革新的な土地利用―イサカコモンズ。

    5章・仕事―地域で仕事をつくり、経済がまわる。地域経済への移行/誰でも経済的に自立できる―オルタナティブ信用組合/地元優先プロジェクト/すべての人に環境に配慮した仕事を/持続可能な労働力。6章・学ぶ―持続可能な未来のための教育。イサカ大学とエコビッレジ・イサカの協同(以下略)。7章・地域メディア―映画・演劇・ニュース・ラジオ・書店(本章略)。8章・地域医療―すべての人が健康で幸福になる方法。地域向けヘルスケアを提供する―イサカ健康組合/食と健康をつなぐ/気持ちよく死んでいくこと/コミュニティーの健康度。9章・自然の成り立ち―湖・森・川と天然ガス開発。天然ガス採掘による水質の汚染/森林をどう利用するか/自然保護区域/森の街/私たちの自然遺産を守る。

    10章・ゴミゼロ―ゴミを黄金に変える。エコビッレジでの、破棄物への統合された取り組み/黒い黄金―堆肥化する/都市と農村の栄養循環―鶏プロジェクト/企業のゴミ減量―再生ビジネス・パートナーズ/環境にやさしい買い物。11章・文化の変革―他地域とのつながり・自然葬(他)。愛は境界がないことを知っている/森に還る―自然葬。12章・お祭り―イサカのフェスティバルと芸術。科学と芸術の出会い―冬のフェスティバル/良い芸術は、良いビジネスになる/地元生まれの創造性/持続可能な文化。終章・実践のために。持続可能な未来のためのグリーンな集合開発/持続可能な未来を選ぶ。

     

    目次を要約するだけでも大変な分量になった。これでも刈り込んで摘記したつもりであるが、私自身これを読み直す気力はない。しかし、ざっと眼を通すだけでも、本書の主張がどの点にあるかは見当が着くのではなかろうか。地域の自然環境を守り、それに寄り添いながら、これをできるだけ生かし、自立した街づくりを目指したい。それがまた、人々の住みたい街になると言う考え方であろう(以下次回)。

  • 3月14日・木曜日。晴れ。但し寒の戻りか、やや冷える。

     

    当社が地産地消にカジを切ったのは2010年のことである。提案者は斎藤正美専務であるが、彼にはキヌヤに迫る二つの危機が見えていた。当地に進出する大手スーパーやドラックストアのディスカウント攻勢に対抗して生き残るための戦略と「地域経済の疲弊」である。

    キヌヤの「販売エリアは農村地帯だが、高齢化した小規模農家が多く、後継者がいる農家は少ない。農家が立ち行かなくなり、よって立つ地域経済が地盤沈下すれば、地元スーパーも成り立たない」。ではどうする。地元産品の比重を高めて農業の活性化を図ることだと思い立ち、社長の領家康元に訴えた。「地産地消を進めれば地域に金が回るようになる。そうすれば顧客である農家を支え、大手との差別化も図れる。キヌヤのファンも増やせます」。

    社長の即決、了承のもと、プロジェクトは動き出す。先ずは農産物や製品の納入を了承する協力農家、加工食品会社の開拓に努め、いまや協力会員は801会員を数える。事はそれに止まらない。キヌヤは持ち込まれたものをただ商品として販売するばかりか、生産者と共同して独自商品の開発に乗り出すのである。これはストア(仕入れて、並べおくだけの商売)からショップ(ストアの他に、仕入れ品を加工し付加価値を付けて販売する商店)(矢作前掲書250頁)への転成である。「益田市内にあるメイプル牧場の生乳だけを使った牛乳は9年前に誕生。搾ったばかりの牛乳が加工の翌日には店頭に並ぶ新鮮さが受け、今や年間5千万円を売り上げる。7年前には益田市産大豆100%の豆腐を発売、年約830万円を売るヒット商品に。ほかにも島根県産ブドウでつくるワインなどが生まれている。」かくて、キヌヤに支えられて定住につながる農家は多いとの称賛の声が上がるのも当然であろう。

    経済活動は先ずは、域内での食料や生活必需品の生産・販売・消費を通して次第に活性化し、成長して資本主義経済の基礎を築いたとは、経済史の教えるところであるが、以上はそのプロセスを改めて見せつけるものではなかろうか(以下次回)。

  • 3月8日・金曜日。晴れ。前回の文章に多少手を入れた。

     

    では、地域の経済はドウ組み立てられ、住民生活は維持されるのか。ここに参考となる一つの記事がある(朝日新聞・2019/2/20・水・朝刊)。主役は益田市に本社を置くスーパー「キヌヤ」(島根県)である。当社は「地産地消 店も客も潤す」をモットーとし、食品スーパーの特等席とも言うべき店頭に「地のもんひろば」を設け、「その朝、地元で収穫された白菜やホウレンソウ、大根などの新鮮な野菜や果物,生花」が販売される。これは県中西部及び萩市(山口県)に展開する21店舗のすべてで実践される方針である。

    こうして売り上げられる地元産の全売上高に占める比率は、昨年度、16.3%であり、金額にして約21億6千万円におよぶ(その内、野菜30.4%、精肉26.1%という)。これは実に驚嘆すべき成果と言わざるを得ない。当市の藤山 浩「持続可能な地域社会総合研究所」所長は言う。「年間18億円近くを仕入れ代として地元に還元し、新たな雇用も創出し、地域内の経済循環を促すエンジンになっている。地産地消の比率は、力を入れる地方スーパーでも一桁。キヌヤは突出している」。実際、今年度の地元産売り上げ比は17%台を見込み、キヌヤはさらに上を目指す。社長の領家は意気軒高である。「まだ道半ば。次は20%をめざします」(以下次回)。

  • 3月5日・火曜日。晴れ。ほぼ10日ぶりにパソコンに触れる。その間、卒業式、会議他と多忙であり、やや体調の変調をきたす。これは毎年のことで覚悟の上だが、今年は堪える。残念ナリ。

     

    医療を譬えにしたこの案は、教育体制についても言えることである。連合体の中心都市には国内最高水準の教育・研究機関を設置する。だがそれは、東京大学のような全分野においてトップを目指すそうした発想とは違う。もはや定かならぬ記憶だが、留学先のフライブルク大学の指導教授が語った言葉が思い出される。「金子、ドイツでは全てがトップと言う大学はない。海洋学はキール、法律学はベルリン、社会学はカールスルーエ、わがフライブルクは森林学だ。東大のような大学は存在しない。」この通りの内容であったかもはや覚束ないが、基本的な考え方は捉えていると思うし、そして現在でもその基本線は維持されているのではないか。つまり、ドイツの大学は地域的、歴史的な特性と結ばれ合って発展し、相互に連結していると言っておきたい。

    一大学が全分野においてトップを占め、そこから全国に向けて必要な人材を送り出す「配電盤」(司馬遼太郎)のごとき教育・研究機関の存在は、国家の中央集権化と統治にとって確かに効率的であったろう。もっとも日本全国に人材を配送するには、東大一校では間に合わず、その後京都以下8帝大が設立されるが、東大を頂点とするピラミッドは揺るがず、中央官庁の人事からも明らかなように、それは今に続く。そして、そこで実践される教育・研究とは、森有礼の発令した「学校令」(1886)が明示する通り、「国家ノ須要二応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攷究」することであり、この限り学問・研究は国家にとって必須かつ有益な科目群であり、学問は統治の手段でしかなかったのである。

    この事は初代東大総長・渡邊洪基の次の発言に凝縮されていよう。「何の学科を問わず、人間の幸福安全を捗らすの用具に過ぎず。如何なる高妙の理論と雖も、経済上の益なきものは其功なき者と云て可なるべし」(泉 三郎編『岩倉使節団の群像 日本近代化のパイオニア』ミネルヴァ書房2019、131頁)。近代化を急ぐ明治国家の焦りを見る思いだが、しかしここにはアリストテレスに見られる人文主義的な知への憧憬は微塵もない。同時にそれは、国内の地域性、多様性に対する興味や関心も見られない。ここにあるのは、国家を一元的に支配しようとする暴力的な意志のみである。

    確かに現憲法では92条―95条において地方自治の章が設けられ、自治の自律性が謳われているが、その実情はそう誇れたものではあるまい。と言うのも、財政問題一つをとっても、地方政府は国からの交付税や国庫支出金を通じて中央政府に牛耳られているとは、しばしば識者の指摘するところである(三木義一『日本の税金』岩波新書2018)。ここでは特に、次の一文を引いておこう。「日本の地方自治は、多くの仕事…をして公共サービスを提供しているにもかかわらず」、自治体には何をなすべきかの決定権がなく、国から決められた仕事をする他ないことから、「地域で多様に暮らす人たちが生活を画一的な公共サービスにむりやり合わせなければならなくなる」ために、住民の真の必要は満たされず、となれば「日々の生活にゆとりも豊かさも実感できなくなる」(神野直彦『財政の仕組みがわかる本』岩波ジュニア新書135-6頁)のである。かくて自治体の現状は明らかであろう(以下次回)。