2026年04月24日

4月24日・金曜日。曇り。

気象庁は先週(4/17)、40度を越える日を「酷暑日」と呼ぶことにしたと言う(ただ、正確にはこの言葉は日本気象協会が傘下の予報士130人に実施したアンケートを基に決定されたものらしい)。これまでは「猛暑日」と呼ばれた暑さに対して、こうした呼称が与えられた理由は、「極端な暑さへの注意喚起と熱中症予防啓発をより強化するため」であると言う。たしかに、「今日は酷暑日だよ」と言われれば、「そうか40度を越えた日か」と意識化され、それに対してより積極的な対応を促されるだろう。頻繁に水分を取り、エアコンの温度を下げ、不要な外出は控える、等々。言葉の力とはそういうものである。

であれば、筆者は気象庁のこの決定を諒としたい。ただ、何を今さらとの思いが無くはない。国民は毎年襲いかかってくる、しかも年々強度を増し、期間も長引く猛烈な熱暑に、心身共に疲弊させられているのである。それは、酷暑日の選定に先立ち、役所の実施したアンケートによれば、炎暑日、厳暑日、極暑日、超猛暑日と言った「酷暑日」を越えた言葉が多数寄せられていることからも察せられよう。

だが、この点で、気象庁を非難するのは、全くのお門違いというものだ。この役所に列島全体の酷暑日に対する具体的な対策、政策を実行させる予算や権限はまるでないからだ。それは中央政府、地方政府の仕事である。国、県、市町村、個人、また企業や研究機関も一体となって、それぞれやれることに取り組み、対応していく他はない。国家は世界と連携し、自然環境の保全や有機的な法整備と予算化を進め、自治体は森林・河川の保護と都市、町づくりを工夫する。企業の生産や個々人の生活は出来る限り省力化し、余分な化石燃料の消費を控える等々。公教育の意義も看過できない。こうした取り組み、さらには温暖化に対する全体的な構想、そういった諸点に対し一体どの政党が本格的に取り組み、明日の日本の国造りに邁進しようとしているだろうか。先の総選挙においてこれらが争点になったであろうか。それらをすべて放り出して、40度を越えた日を「酷暑日」というと言って、一体、何が改善されると言うのだろう。世の政治家先生らに、この事とくと伺いたい(この項、終わり)。


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