4月27日・水曜日。曇り。前回の文章かなり修正、加筆した。
5月6日・金曜日。晴れ。唐突ながら、読者は次の発言にどう向き合われるだろうか(朝日新聞5/3・火)。「毎日毎日、プーチンの悪口ばかり。最近はブチャで虐殺したと。あれ、虐殺したのはウクライナの軍、警察当局、治安当局ですよ。」「ロシア軍が掌握していた間、暴力行為に遭った住民は一人もいない」。こう説く御仁は馬渕睦夫氏といい、かつて駐ウクライナ大使を務め、防衛大学教授も歴任した方とある。情報が閉ざされたロシア人ではなく、わが国の歴とした外務官僚の発言であるだけに、息をのむほどの衝撃を受けた。さらには、氏を支持する人々も少なからずいると聞くにおよんでは、何かこの社会の底にある、得体の知れない病理を見せつけられたような気にもなる。
前便では、ロシアのウクライナ侵攻は、文明論的な闘争などといったきれい事ではなく、ただ「領土的野心」に発したものだと言って話を終えた。その直後、筆者のこの断定を追認するようにして、ニューヨークタイムズ(4/25)が「恐怖、プーチンの次なるターゲットか」の記事によって、モルドバの恐怖と困惑を報じた(なお、その2日後の4/27・(水)に朝日が「モルドバ国境 高まる緊張」を伝えている)。これを読む限り、「ウクライナの戦争は始まりであり、その敗北は欧州全域におよぶ」というゼレンスキーの再三の悲痛な叫びは、世界に軍事的支援を求める彼の単なるレトリックではなく、現実性を帯びた「予言」として受け取るべきか、との思いに駆り立てられる。
西にルーマニア、他の三方をウクライナに接するモルドバは、国土、約3.4万㎢、人口400万人弱、果樹・農業を主体とする小国であり、トルコ、ロシア、ソ連に翻弄される歴史を持つ。特に近年では、ソビエト連邦下でかろうじて「自治共和国」を許されたが、実態はソ連邦の衛星国の一つであることに変わりなく、ソ連邦崩壊の1991年に漸くモルドバ共和国として独立するにいたった。とは言え、国家としての脆弱性は変わらぬまま、今日にいたるのである(以下次回)。
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