2018年6月12,15日

6月12日・火曜日。曇りから雨。梅雨来る。

6月15日・金曜日。雨。この度の米朝首脳会談については、思うところは多々あるものの、ここで扱えないのは残念である。会談が両首脳の単なる政治的なパフォーマンスと権力誇示に終わらないことを願う(本日、老眼鏡を紛失し書いた文章の文意よく理解できずこまった)。

 

では、このような消滅の淵にある集落は、これに対してどう対応したか。前掲書では、島根県雲南市内の海潮(うしお)地区と鍋山地区の二つの事例を取り上げるが、両地区の対応が対照的だったからであろう。

ただいずれの地区も、対応、対策の主体は県や市ではなく、当該地区の住民にある点は変わらない。という事は、集落の存立を図り、願わくは発展を目指すプラン造りやそのための行動は住民自体に任されたということである。これを県や市は「住民との協働」という。だがそれは、本来、行政が担うべき市民生活のための諸業務の住民への転嫁、押し付けになりかねない。とすれば、自身の生活すらままならない高齢化した住民たちにとっては、大変な負担であることは間違いない。

ところで「住民との協働」とは、具体的には、行政が一定の自治を移譲できる、住民によって造られた「地域運営組織」を通して実現される制度であり、これは雲南市が全国に先駆けて導入したが、以来全国からの視察が相次ぐほどの画期的な制度であった(因みに同市は30の地区に分け地域自主組織を設立した)。その背景には、全国的に各市は職員削減に加え、高齢化に伴う義務的経費やサービスの多様化と増加にあって、行政にはもはやそれらを賄いきれないという事情がある。であれば、雲南市長は言わざるをえなかった。「これからは国・県・市町村が何をしてくれるかではなく、住民自らが地域をどうするかという時代です」。

その運営はこうなる。各組織には市から平均800万円の交付金が支給され、その使途は組織に任される。で、「住民組織は、将来の地域の姿を自ら描き、限られた財源の中で何を優先するかを考えて、地域に必要な事業を企画・実行していく。行政は各組織の決断に干渉することはなく、地域に貢献する人材の育成や、情報共有の場づくりなど裏方に徹しながら、地域住民の“自治力”を高める役割を担う」(132頁)。こうした仕組みの中で、先の2地区はそれぞれの方針を打ち出し、地区再生に乗り出すのであるが…(以下次回)。

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