2017年2月17日

2017年2月17日・金曜日・快晴。二十四節気の雨水に当たり、気温20℃を超える。

以下では、収容所群島の誕生から成長・拡散、内部機構と管理・統制の在り方、囚人たちの雑多な階層、彼らの懲罰的な労働の質と量および栄養・衛生等について触れ、それを介して群島内の一日、一年が具体的に明らかにされなければ、そこでの度外れた地獄の日々の実態はとても理解出来ない。それは分かっているが、これらについてはこれまでのわが摘記からご想像いただく他はない。

そして、ここでは政治犯としてぶち込まれた囚人について一言しておきたい。彼らは主として14項からなる刑法58条の違反者たちである。その第10項は拡大解釈の余地が広い点で、特に悪名高い。「ソヴィエト政権の顛覆、破壊、あるいは弱化の呼びかけを含む宣伝または煽動…同様の内容をもった文書の配布あるいは作成あるいは保持も同じ」。例えば、会話の折の、「近頃、物価が高くなって暮らしにくい」といった何気ないほんの一言が、政権弱化の意図及び煽動として告発され、たちまち政治犯に転落するのである。それは彼のみならず、家族のその後の人生にも大きな影を落とす。しかも、その会話が何年前のそれであろうとも。それを支えるのが、巧妙かつ縦横に張られた密告制度である(私は、現在国会で論議されている共謀罪の行方に注目している。戦前の治安維持法の導入もまた、当初は一般人には何の関係もない、心配に当たらずと言われたが、その拡大解釈の末はどうなったか)。

かくてその大鎌に刈られた人びとはこうである。ボルシェビキ以外の政治信条者(ここには社会革命党員、社会民主党員、トロッキスト、ナロードニキ、アナーキスト等の多様な共産・社会主義者を含む)、宗教家、科学者、インテリゲンチャア、捕虜帰還者、外国からの帰還者等である。もはや不要になった部下、職務上の失敗者が連なる(検事総長としてスターリンを助けたクルイレンコの粛清は象徴的である)。さらに、政府の政策に従順ならざる者、特にソフォーズ(国営農場)、コルホーズ(集団農場)への参加を拒む農民は「富農」として徹底的な弾圧を受け、丸裸になって収容所送りとなる。その結果、ロシア農業の背骨が折れたという。

それにしても、スターリンは何故、歴史に類を見ないこれほどの収容所を建設し、その拡大に執着したのか。これに飲み込まれた多大な人命もさることながら、世界に連なる第一級の科学者、技術者、政治家、思想家、芸術家らが惜しげも無く磨り潰されていった。例えば、遺伝学者ヴァヴィロフ、民俗学者タン=ボゴラズ、哲学者プレハーノフ、演出家にして前衛的演劇に足跡を残すメイエルホリド、地質学者・グリゴーリエフ、医学・生物学者であるコリツヲフ、サイバネティクスの開発に貢献する宗教家・フロレンスキー等々である。とすれば、ここでは著者が悲痛の思いを込めて記した、「ロシアの歴史を一つの文句で表現したらどうなる?あらゆる可能性をしめ殺した国である」(第6分冊202頁)を纏めとして引いておこう。

だが、先の問への答えはまだ得ていない。ソルジェニーツィンは、個人が歴史を造る事はない、少なくともそこには限界がある、と用心深く言っている。つまり、何もかもがスターリンのせいだとは言えない、という訳だ。とは言え、彼が地獄の果てまで負うべき責任もある。国家の保持を名目とする権力維持と共に、それに絡みつくスターリンの権力欲、名誉欲、個人崇拝、神格化への欲望が果てしなかった。だからであろう、彼の反対勢力、競争者への飽くなき弾圧、粛清、権力闘争を生きている限り継続せざるをえなかった。当初、トロッキーを排除するためにジノヴィエフ、カーメネフと共にトロイカ方式を取った彼が、自らの政権の強化と共に前二者を排除したのはその一例であったろう(本日はこれまで)。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です