2025年12月26日,01月05日

12月26日・金曜日。晴れ。強風。腰痛を養う。だが往時のそれに比べればドウということもない。オウ、来たか。久しぶりだな、っと懐かしむ気分もある。

2026年1月5日・月曜日。あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。

年頭の「手紙」は、昨年末の文章の修正で始めさせていただきます。読み直して、意に満たざるところ多く、止む無くこうした次第となりました。

なお、一昨日のトランプ政権のベネゼエラ襲撃と大統領拉致の報には、衝撃を受け、今年以降の先行きに大きな不安を覚える。本日の日経ダウ平均は大幅高で終え、その影響は限定的と言っていたが、あまりに楽観的に過ぎ、正月ボケと言わざるを得ない。何より、大国(ここでは米中露の三国)は、利があるとみれば、力ずくで取りに行き、法も正義も秩序もお構いなしの態度をむき出しにしてきた。理屈は後で捏ね上げればそれ済むとみている。そして、世界はこの3国で分断統治し、世界の安定(これが彼らの言う「平和」である)をはかる。このままでいけば、我われはそういう時代に突入することにならないか。

承前。麻紀氏のこれまでの人生(勿論、まだ終わった訳でもなく、今後もまだ長い「メイクドラマ」(長嶋茂雄)が続くやもしれないのだが)の意味は、人によって様々に解釈されよう。それで良いし、それ以外にはあり得ない。筆者はそれを問おうとして、氏の話を取り上げたのではない。その訳を以下に記して、この欄を閉じたい。

筆者がまず言いたいことは、我われはまだ人間のことを良く知らない。分かったつもりでいて、分かっていない。これまで見てきたように、麻紀氏の人生は、当人にもどうにもならない身内から突き上げてくる、抑制不能な欲求であり、願いであり、それが自らの命すら奪う危険であろうとも、そうせざるを得ない衝動、力に翻弄されたもののように見える。これは端から見れば、事の是非善悪を越えた理不尽なものに見える。誰でもひとにはそうした性向があるだろうが、ある種の人たちにはそれがのっぴきならない衝動として迫ってくるのであろう。その時それが、社会規範、常識と相反するような場合には、死ぬほどの苦悩にさいなまされるに違いない。だが、そのよって来る本当の原因、その対処について、人間はどれだけ知っているのであろう。多くの文学作品の主題ともなるところであろう。

だが考えてみれば、こういうことがあると言うその事自体は、いま改めて言われなくとも社会は、また人類の歴史は、すでに十分知ってもいるのである。にも拘らず、社会、そして社会を代表し、それどころか社会、国家のあり様を指導せねばならないと信ずる権力は、これを弾圧、強制し、人びとをある枠組みの中に押し込めようとして止まない。戦時においては特に、その締め付けは狂暴となる。少しでもそこからはみ出ようとする人間を容赦しない。そこに宗教が絡めば、さらに酷いことになる。

現下では、トランプ政権がそうだ。神は男と女しか作っていない。人としてのそれ以外の存在を認めない。何たる横暴か。同時に多くの人々を苦しめてもいる。しかも彼には、そうした痛みや悲しみを理解する感性もない。それどころか彼のこの政策は、ひたすら神に帰依した深い祈りに支えられた宗教的信条から出たと言うより、むしろそれによって、巨大なキリスト教派の支持を当てに出来ると見込んだ上での方針のようにも見え、それだけ浅ましさは募る。

彼には、眼前の損得だけが問題で、風向きが変われば平気で前言を翻し、恥ともしない人間である。ここには、自分を越えた大いなる存在への敬意や畏怖もない。だから、彼の政策がのちにどれほどの惨事をもたらすだろうか、といったことへの恐怖、たじろぎといった感情も皆無であり、そうしたことへの想像力をまるで欠落しているのだろう。この様な人間が世界の最高権力者であるということに、底なしの恐怖を覚えざるを得ない。そして、筆者には、プーチンも同類に見える。だが、我われの時代は、何故こうした指導者を生んだのであろう。この問題は、別途、改めて考えなければなるまい。

また我が国では、現政権は家族制度について、同性婚を認めようとしない。夫婦別姓を認めず、旧姓使用の法整備で乗り切ろうとする。総理はこれによって、生活上の不便はほとんど解消されるので、問題はないという。この問題では、多くは妻側が戸籍上の改正を強いられるが(しかも高市氏は高市姓を改姓してはいない身勝手さだ)、彼女は改姓を迫られる多くの女たちの、身の底から沸き上がる喪失感、その理不尽さを、単なる便不便の問題に解消して事足りる、と言う心情の持ち主である。こうした思考、心情は、政治的に右派と称する陣営、多くの宗教勢力に支えられているらしい。彼らからすれば、同性婚や夫婦別姓の承認は日本古来から伝わる家族制度の崩壊に至ると危惧してのことらしい。では、夫婦別姓を執る諸外国では、家族は成り立たず、社会は混乱しているのだろうか。そうではあるまい。なら、何故日本だけが混乱するのであろう。我われはそれほど愚かなのだろうか。

そもそも伺いたい。あなた方はいかなる資格と権威をもって、国民はすべからくこう生き、暮らすべしとの号令をかけるのだろうか。国民はいつあなた方の臣下になったと言うのか。他者を侵害せず、刑法にも触れず、日々を真剣に生き、人生を全うしようとしている人々を、苦しめ、拘束する権限なぞ、君たちにあろうはずも無い。断じて、無い。いわんや、選挙資金や何やかやを脱税し、裏金化して必死に言い繕っているだけの政治家先生たちの、偉そうなお説に従う理由もない。

あなた方に、もう少し立派に成れとは言わない。ただ、多くの苦しみ、悲しみに必死になって耐え、生きようとする人々への声に、もう少し耳を傾け、親身になろうと言う心持は持てないものだろうか(本項、終わり)。

本年のブログ、これをもって締めさせていただきます。一年間のお付き合いに感謝し、来年も宜しくお願いいたします。皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。


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