2025年12月12,15日

12月12日・金曜日。晴れ。かなりの寒波。今夜の冷え込みを思う。浅草新仲見世アーケード下に蹲る人々には、毎度、かすかに後ろめたさを覚えながらり過ぎるが、自分の無力を突き付けられているように感じるからだろう。

12月15日・月曜日。晴れ。本日、新聞休刊。正直、ホッとする。毎日押し寄せる圧倒的な情報に辟易しながら、あらかた読むのに2時間は要する難行を強いられているからだ。他方、これを何紙も読みこなす御仁もあると聞き、恐れ入る。それにしても、広告宣伝を含めたほぼ30頁の分量は、優に新書版の1冊に相当するとは、大昔に読んだ憶えがあるが、ひとはそんな量の情報を毎日必要としているのだろうか。本日のように、無ければないで、どうということも無い。そして、情報が大量になるほど、その一々の価値は減少するのではなかろうか。それらはただ受け入れられ、消費さればかりで、その一つ一つを咀嚼し、玩味し、意味を考える暇もないからだ。

テレビ、SNSといった新手の競争相手に伍してシェアを維持し、入費をはかるには、現在のような何でも取り込んだ百科事典のような新聞作りを、毎日していく他ないのかも知れない。だが、こんなことが今後もずっと続くとは思えない。ただ、千年後の人類が紙に記された文字の異なる何千種類の巨大な知の集積を発見した折、いかなる反応を取るのか、見てみたい気もする。かつての人類のあり様を知る最良の資料とみるのか、あるいは聖書の死海写本のパピルスが焚きつけにされていた、そんな運命をたどるのか。

承前。術後、麻紀氏はモロッコの病院で膿み朽ち果てるということも無く、無事、帰国する。その後の今日までの人生行路もまた、たちまち破綻したフランス人との結婚生活やら情痴の限りを尽くした男性遍歴に明け暮れ、さらには芸能人としてのキャリアと留置所生活が加わり、これらは常人には思いもよらぬことながら、ここでは省略したい。それでも、このことには触れておこう。

成否も分からぬまま、文字通り命がけで手にした「女」の体ではあるが、その結果、麻紀氏をはじめ、そんな体験を持った「オンナ」たちの多くは幸せにはなれなかった。つまるところ自分はこさえ物なのであり、目標への一歩のはずがかえって遠ざかていることを、嫌でも認めざるを得ないからだろう。このことに絶望し、術後の彼女たちは「いっぱい死んだ。…あたしも死のうとしたことあるけど、ストリッパーだから」止めたの。

人の心の何とも凄まじくも不可解なことか。これに比すれば理性とか道理なんぞはさかしらで、こんなものではどうにもならない生命の根源的で圧倒的な力、というものを見せつけてはいないだろうか。奥底に潜む自分でも気づかぬ、ときには狂暴な爆発力が、その人を捉えるのであろう(それはすでにして、幼児のむずかる様や怒りの中にも表わされているように見える)。

もう一つは、父親の愛情である。父からすれば、米国との戦争では「徹底的に戦う男になれ」と祈って名付けた「徹男」が、見るも無残な姿になり果てた。だから親父は、自分を許すはずもなく、「鬼みたいな人だと思っていた」の。だが、そうではなかった。その本心に気づいたのは、遺品の中から封も切られていないものを含めて、レコードがいっぱい出てきた時だ。「全部あたしの曲。…そこらじゅうの店を回って買い集めてたみたい。家に蓄音機もないのに。…最後まで気づけなかった。通夜の日、ひつぎの前できょうだいでマージャンをしました。バンってたたきながら「親父、負けたよ」」。こうして、父親の心中にもあった、組んずほぐれずのドラマを知らされるのである。

麻紀氏は、映画「一月の声に歓びを刻め」に出演し、「今年2月、毎日映画コンクール助演俳優賞」を受賞する。「男優でも女優でもなく、俳優」として。これは80年近く続くコンクールで初めての快挙であったが、賞としての男女の枠が撤廃されたからである。式当日、「30年前、パリで作った黒いドレス。シルクサテンで肌に張り付くの。82歳になって裸のおっぱい見えそうな格好で、ハイヒールは13センチ」を履いて、出席した。ここに彼女の今日までの矜持、暮らしの哀歓のすべてがにじみ出る。 そして、釧路を見渡せる高台に、「いつかはそこに」入ると思い定めて、墓を建て、墓石には赤く平原徹男の文字を刻む。大阪で名付けたカルーセルとは「外国語でメリーゴーランドを意味する」そうだ。彼女は当時は意識せずとも、釧路を飛び出し、日本中を巡り回って、パリやモロッコにまで出向き、最後は故郷の釧路に再び舞い戻る。こうして、カルーセルの意味を実現したのである。まるで、天が彼女をつまみ上げ、「ひとよ、見よ。ここに人生の奥義、秘密がある」と見せつけているような一場ではないか(以下次回)。


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