12月1日・月曜日。晴れ。師走、はや年末。
言うまいと 思えど漏らす えーッ師走! みつお
12月5日・金曜日。晴れ。「同盟国の方がたちが悪い」と言い放った、過日のトランプ大統領の言葉には、愕然とし、心底、失望した。根拠の無いことを平気で口走り、それを愧じることも無い。そうして罵倒される相手が、どれほど恐ろしく、かなしみと辛さに打ちひしがれているかに、全く思い至らぬ世界最高権力者。かかる人格を大統領をいまだに支持する米国民に伺いたい。本当に、このヒトでいいんですか。世界からの信頼を失わないんですか。軍事力と経済力さえあれば、国家として存立して行けるものなのだろうか。米国民のために心配する。
承前。パリ市近郊にはあのブーローニュの森が広がる。辺りが暮れなずむ頃、星付きの高級レストランからは華やかな明かりが漏れだし、樹々の暗闇には、湧き出たように、気づけば娼婦や男娼たちの影が揺らめきだす。そう、ここはまた「売春の森なの。美しくて、退廃的。そんな街であたしはバーのママになって、マダムと呼ばれる」までになった。このことを、人はどう考えたらいいのだろう。何の足場もない「か弱い女」が、東洋からふらりとやって来て、人あしらいの難しい浮き沈みの激しいこの道で、たちまち揺るぎない地位を築くとは。よほどの勁さと人としての魅力があってのことではなかったか。
マダムの日々も板についてきた、そんな折であったか。「フランスのおっぱいの大きい知人」から「モロッコで性別適合手術ができる」との情報を得た。早速、「病院に手紙を出しました。150万円出せばやってくれると分かりました。性器を取って、睾丸を包んでた袋をヴァギナにするんだって。パリのゲイボーイたちには「やめろ」「行くな」と止められました。死ぬかもしれない。でも、行くしかない」。
だが、これは大阪時代からの悲願であった。睾丸摘出によって、一歩、本物の女に近づけたと思ったのは束の間、残るペニスが反って男であることを突きつけてくる。無様なシルエットはストリッパーとしての矜持を挫いた。だから、命を懸けて「ルイ・ヴィトンのトランクに現金1千万円を詰めて」モロッコに駆けつけるのも、必然であったのだろう。麻紀氏、30歳の時である。
以下、やや長文になるが、そのままを引用しよう(文中の/は段落である)。手術では「何が起きるか分からない。手術中、医者の言葉も外国語だから分からなくて、目を開けて見ていたかったけど、麻酔を打たれてからはもう。/目覚めてから熱がどんどん上がりました。痛かった。経過を見るからってあそこに太い手を突っ込まれるの。/膿も出てきました。こまま腐って死ぬのかしら。べッドでもうろうとしてたら、どこからか日本語の歌が聞こえてくるの。「知床旅情」でした。/「はるばる異国の地に響く、ふるさと北海道の歌。声の主は懐かしい人だった」/シンシアっていう子。昔からの友だちでした。同じ手術を受けて、たまたま隣の病室にいたんです。/歌いながら、窓に向かって股を開いているのよ。あそこをお日様に当ててるんですって。じゅくじゅくしないように」(以下次回)。
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