2021年4月14日

4月14日・水曜日。雨。

 

承前。それにしても、祖母は何故、父や兄たちの所には行かず、由紀さんだけであったのだろう。しかも、とりわけ可愛がった孫娘を恐怖で振るえ上がらせるような仕方で。たしかに、生前の祖母はそういう事をするような人ではなかったのだから。それどころか、「すごく優しくて、ホワンとした温かい感じ」の、「人の悪口は言わない」いつも笑顔で鷹揚な人、「何かあると必ず『大丈夫だよ』って励ましてくれる」そういう人であり、この祖母に支えられて、彼女はこれまで頑張ってこられた。だから「私はおばあちゃんが大好きでした」、とは由紀さんの言葉である。これを知る兄の1人が、彼女の見た映像について、「そんな怖いことを、あのやさしいおばあちゃんが孫に見せるはずがない」、と取り合わなかったのも無理はなかったのである。

それ以上に困惑したのは、由紀さんであった。なにしろ彼女は、祖母の亡くなる最後の一瞬の一齣一こまを見てしまったのである。それをどう受け止め、理解したら良いのか、気がかりの日々を送った事であろう。四十九日を過ぎ、東京での生活が精神的にも辛くなって、6月には故郷の陸前高田に戻ってきてしまった。7月初めの頃であった。祖母の避難した辺りの映像をユーチューブで母と一緒に見た後、部屋に戻ってぼんやりしていた時であった。

「ふわっと舞い降りたような感じで、枕元のあたりにおばあちゃんが正座したんです。/よそ行きの、ちょっと小ぎれいな長袖の洋服を着ていました。びっくりして、『おばあちゃん、どうしたの?』と、口には出さずに頭の中で呼びかけました。/するとおばあちゃんは、私を見ながらぽろっと言ったのです。/『ほんとはなあ、怖かったんだぁ』(これが、この話の題名である――筆者注)/『えつ…』/あのおばあちゃんがそんなことを言うのは、はじめてです。昔気質のおばあちゃんで、辛抱強く、愚痴も言わず、何があっても『大丈夫、心配しなくてもいいんだよ』としか言わない人でした。そのおばあちゃんが『怖かった』なんて、ほんとに驚きました。/『みんなに心配かけたくなかったけど、本当はおばあちゃん、怖かったから…、由紀ちゃんならわかってくれると思って伝えたんだ。申し訳なかったなぁ。由紀ちゃんに怖い思いをさせちまった…。でも、おばあちゃんは大丈夫だからね。心配しなくていいよ。みんなのことよろしくな』/『みんなに心配かけたくない』というのは、おばあちゃんの口癖と言うか、昔からそういう性格だったのです。心配かけたくなかったのに、怖い思いをさせて申し訳ないと、三月十二日に、自分の真っ黒な顔を私に見せたことを謝っているのです。私は涙がこぼれそうになりました。/『いいんだよ、おばあちゃん。怖かったんだね、ありがとう』/そう言うと安心したのかおばあちゃんは『私は大丈夫だからね』と、ぼそっと言って消えたんです」(169頁以下)(以下次回)。


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