2016年10月3日

10月3日・月曜日。小雨。台風接近の予報あり。蒸し暑し。鶴巻公園の欅、椎の巨木、落葉の舞を演ず。

だが、ズーター王国建設の夢は、「1848年1月」、鶴嘴のたった一撃によって瓦解する。前日、領内の一画に製材場の建設を命じておいた大工マーシャルが、許しもなく仕事を放り出し、彼の許に飛んできた。ワナワナ震えながら「黄色味のある一握りの砂」と供に、トンデモナイ事を口走る。キンノ、土を掘っていたら、こんな砂が出てきた。「コレハ金デハナイカ」。他の者たちに言えば、バカにされるから、先ずはズーターに訊いてみた、と言うわけである。

これを聞いたズーターは、翌日、馬を駆り、当地(コロマ)を流れる運河を堰き止め、二三の白人作業員に篩で砂をあちこち浚わせると、その度にその底には金が笑うようにキラキラしていた。即座に、製材場の完成までは、この事を絶対に口外してはいけないと厳しく命じた彼ではあったが、その日は夢のごとく、天にも昇る幸せな一日であったであろう。天地創造のとき以来、これほど簡単に、どこからでも、しかもこれほど多量の金を採り出せれるような土地があったであろうか。しかもその土地は、ゼーンブ、俺のものだ。叫び、狂い出しそうな幸福感に満たされたであろう。

しかし、彼の命令が守られるはずもなかった。まず、マーシャルは自分の思いが正しいかドウか確かめたくて、翌日ズーターと共にコロマ行を約束したのに、矢も楯もたまらず、彼を置き去りにして、嵐の中現場に舞い戻っていた。自然、彼周辺の住民の感づくところとなり、しかも「一人の女―いつでも女だ!」(と、私でなく、ツヴァイクが意地悪く言うのだが)、によってそれ以外の人間の知るところとなった。

かくて噂は、事実となった。突如、ズーター王国に働く全ての人間が、自分の仕事を放棄し、憑かれた様に「手に入れた篩と小箱」を手にして製材場へと群がった。その様を、ツヴァイクは書く。

「一と晩のうちに全土の仕事が放りっぱなしにされ、誰も乳をしぼらない乳牛が咆えたてながらくたばった。水牛の群れは彼らの小屋を破って畠の中へ飛び込み、畠の果実は摘まれずに腐り、チーズ製造所は仕事を停止しており、穀物倉はこわれ、巨大な経営のさかんな運転はすっかり停まってしまった。電信はかずかずの国と海とを超えて黄金の約束を告げる火花を放つ。そして早くも人々はほうぼうの都会から港から来た。船員らは彼らの船を見捨て、役人たちは役目を放り出し、東から、西から、徒歩で、乗馬で、車で、引きも切らず人間の列が、黄金を目当てに殺到した。ゴールド・ラッシュ。人間群がいなごの大群のように襲来し、金を採掘しようとした。規律のない、容赦のないこの大群、腕力以外のどんな掟も知らず、ピストルを使って自分の意思を通すことしか知らないそんな人々の大群が豊饒な植民地に殺到したのである。彼らにとっては万事が、持ち主のないのとおなじであり、これらのデスペラド(無法者たち)に対しては誰も手のほどこしようもなかった。彼らはズーターの乳牛を屠殺し、ズーターの穀物倉をこわして自分たちの家を建て、ズーターの畑地を踏み荒らしてだいなしにし、また彼の機械を盗んだ―たちまちヨーハン・アウグスト・ズーターは乞食同然の無一物になり、ミダス王みたいに、自分自身の黄金に圧しつぶされてしまった」(本日はこれまで)。


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