2017年4月14日

4月14日・金曜日。快晴。桜散る。入学式後の2日間、寝込む。疲労性腰痛(?)のため。

躍る墨線が相互に重なり、一つの形象を成し、それらが縦、あるいは横に配された身の丈ほどの紙面に向き合うこと数分か。突然、意味を成し、文章となり、映像となって蠢き、そして躍り出す。そう、「亀甲展」(於上野の森美術館・3月3日~7日)での事である。私にとって3度目の参観であるが、この感覚は今なお新鮮である。

他の書展でもこのような体験はあるのだろうか。この手の分野にはまるで縁のない私には何とも言いようもなく、むしろ諸氏に教えて頂きたい。他はともあれ、本展には躍動と、そしてこれは前回知った事だが、色彩がある。ただ黒の墨線と紙面の白の二色からだけで、豊かな景色が醸されるのである。例えば、飛翔する鳳凰や天空にかかる虹の文字から。それは、亀甲会の趣旨に発することで、本会に際立った個性ではないだろうか。本会は中国の古代文字である甲骨文・金文に寄りながら、それらの文字に潜む美を発掘し、改めて生命を吹き込み、「新しい造形美」を「構築」することにあるという。とすればその営みは、当然、完成された漢字へと転生する直前の象形文字(ヒエログリフ)との関わり、もっと言えばそれとの格闘を逃れることは出来ないからだ。つまり、ここでの書は、本来的に絵画、映像を内包しているのである。

このような古代文字の内に「美」を発見し、今に甦らせた主宰・加藤光峰氏の慧眼にはただ驚く他はない。氏が齎した新たな美は書の可能性を豊かに開いたに違いない。今更言うまでもないことながら、氏の半世紀に及ぶ内外における縦横の活動、事績が、それを証していよう。

この度の参観で、私なりに思うところがあった。それは、上で象形文字との「格闘」と言った事と関わるが、これは次回にしよう。


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