2014年10月22日

10月22日水曜日・冷雨、いよいよ秋深し。

本日は、前三回におよぶ拙訳の記事について簡単にコメントし、一応のケリをつけておきたい。この一文が、現在われわれ日本人を大いに困惑させ、また傷を負わせている従軍慰安婦問題に対し、我々がどう向き合い、考えたらよいかについての一つのヒントになれば幸いである。なお以下は、現在取りざたされているヘイトスピーチに与しようなどという意図に発するものでないことを、一言しておく。

まず当記事は、韓国人記者によって書かれた、韓国人自身による告発の文書である。その内容は繰り返さないが、私がここで言っておきたいことは、以下の点である。彼女ら元娼婦たちは、日本軍の「従軍慰安婦」に比べて社会や政府の注目度、支援は薄く、住環境を含めより一層劣悪な状況のなかに放置されている。それだけではない。娼婦という肩書きが、彼女たちを賎民化し、社会的な差別と排除のために娼婦以外の生計を閉ざしてしまった。しかし、その彼女たちは、1960年台には、駐留する米軍兵士らのために性の饗応と欠乏しがちな外貨、米ドルを稼ぎ出し、そして米兵たちの韓国女性に対する性の防波堤となった。ゆえに彼女たちは、社会や国家に対して「大事な役割」を担ったと自負し、政府に対してそれ相応の責任を求めて、法的手段に訴えたのである。これに加えて、もう一点は、彼女たちが基地村に送り込まれた経緯が、必ずしも彼女らの自発性に基づく訳ではないらしく、またのその経営が、記事にはないが、なにやら当時の政府高官の関与も取りざたされていることである。

さて、これだけの事を押さえて、私は一、二指摘しておきたい。韓国政府はこのような告発をどう考え、対応するのか。これは、歴史的事実なのか、あるいは虚偽なのか。事実とすれば、「従軍慰安婦」よりもナオ劣悪な状況に放置されて半世紀のこの事態を、政府としてどう処理すべきなのか。事は訴訟の場に引き出された。だが、その審議がいつ開始されるか、未定とのことである。歴史に向き合え、とは韓国政府のご指摘である。よもや、それが反古にされることはあるまいと信ずる。

今一点は、こうである。貴政府が「従軍慰安婦」問題を大々的に取り上げ、しかも世界の諸都市に慰安婦像を設置し、あるいは様々なイベントでもこれを持ち出しては、こと挙げするその手法である。日本政府はこの問題が提起されて以来、謝罪をした上で慰安婦基金の設置を主導し、それなりの対応をとってきた。日韓基本条約(1965年6月)では、賠償問題は解決済みという、日本政府の立場がありながら、これを実質的に変更してさえ、かような努力を払ってきたのである。そうした事実は、貴政府にとってなんらの評価にも値しないと言はれるのだろうか。貴国民にたいして、このような日本側の努力をどれだけ報告し、教育されてきたのか。そうではなく、一方的に日本政府、日本国民の非を鳴らし、自国民の政治的な不満を日本側に向かわせるような対応をとる事はなかったであろうか。このような外交政策は、貴国にとっても取り返しのつかぬ傷となろう。ハッキリ、申し上げる。貴政府は自国の元娼婦、しかも朝鮮戦争以降の貴国発展のために文字どうり身体と心を犠牲にして尽くした彼女たちに、日本政府以上の対策と心を尽くされたのであろうか。彼女たちは、いまや行くべき、住まうべき所もないという惨状にも拘らず。

貴政府は国連その他で「従軍慰安婦」問題を女性の人権侵害として取り上げ、日本を告発、非難してやまない。その意味を問いたい。貴国にはそのような事実は、まるでなかった、それなのにということで、貴国は日本人を人権蹂躙の国民だと非難されているのだろうか。それとも、韓国人によるその種の問題は、何ら人権問題ではないという立場から、自国の事は無視して、日本を非難されるのだろうか。衷心より伺いたい。

どの国民、どの歴史にも、恥部とされ触れてはならぬ暗部がある。同時にそれと同じ、イナ、それを越えるほどの人類に誇りうるものを持っている。そのような全てをふくめて、その国は存立しているのだ。地球上で共に生きていかなければならぬとすれば、そうした配慮の基に、互いに対応するのが民度の高い国と言うものではないのか。外交上のやり取りで、意に任せぬ事態は常にあろう。しかし、その事のゆえに、相手国の自尊心を傷つけ、則を越えた挙に出れば、双方の不信と憎悪を生むばかりである。日本は先の大戦の敗北から、それらを学んだと、私は信ずる。であればこそ、平和国家を標榜し、その実践に努力しているのだと思う。


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