2019年2月20日

2月20日・水曜日。晴れ。寒気緩む。わが体調はやや回復するも、依然、不安定である。大学業務の無い折は、週2日の出社を維持し、ブログ更新を目指したいが、ままならぬは誠に残念。

 

以上を踏まえて、市の再生をドウ描くか。ここに私は、ようやく述べるべき論題に達した。だが、予め申し上げれば、その要点は、これまた矢作前掲書においてほとんど尽くされているのである。筆者が昨年正月、この問題を取り上げ、私なりの解決策として思い描いた対策は、すでに矢作氏によって示されていたのである。だから昨年末、本書を読んだ折、オレと同じだと、私はかなり興奮したが、と同時にナンだ答えはもう出ている、とあっけない思いを味わった。それだから、これでオシマイと言う訳にはいかない。氏と重なる部分があろうと、私の「社会のたたみ方」を提示しておこう。

ここでの我が出発点、関心は、詰まるところこうであった。わが国の大方の町や市街は四方に拡散し、人家の途切れた辺りが町の終わりで、大都市圏ではそんな市街の連続が果てしもない。だが、そのような市中では、人口縮小の流れを受けて、多くの空き家、空き地が放置され、それが街の機能や景観を損なう。それどころか、それはしばしば生活の場の劣化であり、高齢化が加わって市域荒廃の度はさらに進む。また、伸びきった市街地の果てに住まう住民の生活にはライフラインは不可欠であるが、これを維持する行政の負担は、特に財政力の弱い市にとってはもはや座視しえないまでに来ている。さらに、山間部の地域の場合、住民の自力ではもはや維持しえない状況である。たしかに都市のスプロール現象(無秩序な市街地形成と拡大)が言われて久しく、無論、それはわが国固有の都市現象ではないが、人口減少に直面するわが国の場合、その齎す弊害は一層深刻であろう。この問題をどう脱却するか、これが私の問題となった(以下次回)。

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