2017年1月23日

1月23日・月曜日。快晴。風邪のため二日間を臥し、それだけのことで足腰の難儀を覚える。

だが、私は思う。著者は「視る人」である以上に、むしろ「聴く人」ではないのか。そこにこそ、著者の真骨頂はあるのでは無いか。これはしかし、音楽的な世界の美を言おうとするのではない。先に述べたように、著者の願いは「日々繰り広げられる多様な生命の営み」に発する美を掬い取りたいとする点にあると思うが、とすればそれはもはや音楽という限られた世界に留まることはできない。そして、ここでの著者の聴力はやはり並ではないのである。

たとえば、次のような文章はどうか。七月のある深夜、那須高原で繰り広げられる生き物たちのドラマを記した一文である。思い切って山小屋から一歩出てみると、「うっすらと樹林にわだかまる靄。その靄よりはるかに密度濃く、生きてうごめく無数の者の気配がざわーっという音となって湧き上がり、森に満ちていたのである。/微かに、だが確かなうごめきは、地中から這いだす虫や、夜明けをめざして、長い時間をかけて羽化してゆく蝉の、殻から抜けだそうとふるえる音なのだろか」(「ざわめく夜の森」81頁以下)。

こうした音の名状しがたいざわめきを、深夜の山中、身一つで受け止める恐れは、そくそくと迫る「何万という雑兵にとり囲まれた」籠城者の恐怖にも比せられる。それも道理、生き物たちが生死をかけた闘争の気配であったからだ。しかし、この死闘も日の出とともにピタリと止む。こうして、「夏の那須高原に、生き物たちの濃密な夜が明けていく」。

耳にする微かなざわめきを逃さず、その背後の世界に身を潜ませようとする著者の執着は、能『高砂』で謡われる「松風颯颯」に刺激され、誠の「松風の音」を求める旅へと駆り立てた。寒風すさぶ能代海岸の砂防林に身を置き、あるいは天橋立や京都御所へと。それで目指す松風が聴けたかは定かではないが、一頻り松林を騒がせた風の後の静けさこそが「松風」の心と得心したようなのである。芭蕉もまた、一音、一声のもたらす静寂の深さ、広がりの世界を詠んではいなかったか(本日はこれまで)。

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