2015年2月26日

2月26日・木曜日・雨。

この件について、もう一点補足して置こう。今回の事件は政府にとって政治的に失うべきものはなにもなかった。むしろ、得るところの多い事案であった。つまり、その取り組みは、断固としており、その後の世論調査に見るように、国民に安心感を与えることができた。しかも、後藤氏の生還に成功しておれば、内閣の支持率はいやがうえにも上昇したはずである。残念ながら、それは叶わなかったが、それは理不尽極まりない相手のゆえであった。それゆえ、国として今後はこのようなテロ組織の台頭を許さず、またその撲滅をめざし、世界諸国と協力して世界平和の実現に邁進していきたい。こうした政治アピールを国民や世界にむけて発信することが出来たのである。

以上が、私の言う「政治と個」の問題である。政治とは徹底して全体であり、その意味で統計である。その事は、政治の主たる領分が立法行為にあることからも明だ。法の多くはすでに社会に生じた多様な矛盾、困難、不都合の除去を目指して、遅滞なく行政権の行使を可能にするために、制定されるものだとおもう。とすれば、除去されるべき事案が、その放置によって社会不安、延いては社会制度を危険に落とし込むか、あるいは社会の発展を阻害するほどに蔓延していなければなるまい。その意味で法行為は基本的に消極的な性質を帯びるといいたい。立法とは社会事象の後追を主とするようにしか見えないからだ(ただし、日本国憲法はこの点で刮目すべき意味があると言われる。これにより、全く新しい、理想的な国家建設を目指そうとしたからである。法工学と言う言葉を聞かされたような気がするが、要するにこれも同じ主旨のことであろう。だが、これらの問題はすでに我が能力をはるかに越え出たことでもあり、ここで打ち止め)。

前々回、個の問題は文学や宗教の領域に属する、と私は言った。人の生活は社会的であるほかないが、しかし彼の幸・不幸はマッタク彼本人のものである。経済学や社会学の理論によってその幸・不幸のよって来る理由を説明されても、最終的に得心するか否かは彼の問題である。彼の生活は、そんな社会理論の枠を超え、様々に受け取られ、意味づけられて、彼一個の人生となろう。そこには彼だけの悲喜こもごもが詰まっているのである。

この時、彼の人生は孤立し、孤独でもあろう。多くはそうに違いない。語ろうとも誰にも理解されず、かえって馬鹿にされ、嗤われるのがオチともなれば、絶望、孤独感はさらに募る。そうした人生の一場面を切り取り、「実は私の生活はこうだった」と誰かが告白し、それが自分のそれとは完全に一致しないにせよ、心情において触れ合い、理解できるカケラでもあれば、その人は慰められることだろう。文学や宗教の始まりは、このようなものではないか。宗教の謂れは、まずは目の前の自分の幸・不幸の理由を知り、ついで自分の生きている社会の成立やこの社会を包む世界の淵源から、ついには「人は何処から何処へ行くのか」を理解したいという、人間の本源にある欲求に始まったと聞いたことがある。こうした事を聞き知ることで、彼、彼女は今ある自分の生活、人生上の問題を理解しようとするのであろう。そうして己の不満、不幸、憤懣を解決しようとするのである。心の騒ぎ、激流を静めたいのである。

私は文学、宗教の始まりをこんな風に理解している。それが本当にソウなのか、ドウなのかは知らない。でも、コウだとすれば、そのいずれも徹底して個に向き合おうとするものである、という私の言いたいことはお分かりであろう。

だが、である。このように個に向き合った文学作品が、なぜ他者との共感を得られるのだろう。自叙伝を考えよう。そこで述べられていることは、まさに彼本人のことでしかない。彼にのみ当てはまることである。読み手とは、時代も処も違う人のことである。だが、共感とは、普通、ある種の類似性、共通性がなければ、成立するものではあるまい。してみると、それは場所や時代、地位や貧富、性差と言った(それがとても大事であることを否定しないが)事柄にまつわる外的な特性は、必ずしも重要事でないことになる。そうした事柄を全て取り除いてなお残らざるを得ない、人間本性の共通性に訴えてくるからだ、と言う他はない。それが今見たように、外的なことでないとすれば、そこには心の中の、しかも時代や場所を超越した森羅万象、喜怒哀楽、真理や価値観に訴える何物かがあるからなのだろう。私はここで、確かに困惑している。これをドウ命名してよいものやら、見当がつかないからだ。それでも、参考のために、ドイツのある哲学者にならって「価値の普遍性」という一語をふしておこう。言い古された言葉であろうが、名作とは他の一切の類比を峻拒した、どこまでも個性的、独一的な内容でありながら、同時にいつの時代、どの国民にも受け入れられる、普遍性を持った作品であるに違いない(この項終了)。


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